ノベルる

白いツバサ1

朝桐逸矛作

昔、砂漠の国は、地球から孤立した。
この国の土地だけ、地球から切り離され、浮かんでいる。
広大な砂漠に、少しの泉。
文明はかたちを変えつつ、進化していった。
人以外の生物は、この過酷な状況に応じて、生態を進化させていった。

人里はなれた所に、一人の少女が立っていた。
少女は歌を歌っていた。
その声は、月のように、仄かな輝きを放ち、夜空を駆け抜ける、風のように
澄みきっていた。

ふと、歌が消える。
彼女の瞳は、砂の中に蠢くそれを捕らえた。
と、同時に、砂が舞い上がった。彼女も飛び上がる。
砂の柱の中から、液体が勢いよく噴射した。彼女を狙って。
彼女は背で見るかのように再び跳躍。彼女の足跡に、液がビチャッとつく。
砂の柱から、体長5メートルほどの赤い蜘蛛<レッドスパイダー>が
顔をだした。あの液体は、糸の役割を果たし、同時に、相手を麻痺させる
毒針の働きもある。
レッドスパイダーの後ろに着地。彼女は、一瞬にして
レッドスパイダーのはらに一筋の線を描いた。
それに気づくまで、どれだけの星が瞬いただろう。
ものすごい悲鳴をあげ、レッドスパイダーは、倒れこんだ。
彼女は、サバイバルナイフを一振りし、右足のケースにいれた。
白銀の髪と、飛び散ったミドリの鮮血が、夜空にはえた。
「・・・ユキ。任務完了。」

(白銀の舞姫)と聞けば、たいていのモノは知っているだろう。
名はユキ。白く光る髪は、ひとつに結んでも腰まで伸びていて、瞳は蒼く、小柄で色白で細身。
いつも黒いインナースーツを着て、その上から砂漠迷彩の薄いジャケット、プリーツスカート、コンバットブーツという
この地ではごく普通の武装をしている。
少女は、砂漠で除去遂行人<リムーバー>をしている。
リムーバーは、主に砂漠の危険登録生物を抹消する仕事だ。
仕事の中でみせる華麗な攻撃や、リズミカルな動きは、見るものに感嘆の声をあげさせるほどだ。
誰からともなく白銀の舞姫というようになったのは、このためだ。
この仕事のトップクラスに入る少女は、安い給料にもめげず、どんどん仕事をやりこなしていく。
相棒のフィルは、額緋兎<ジャックラビット>。
ジャックラビットは、額に紅い宝石をもつ、しっぽの長いウサギ。
危険時などに、巨大化したりするが、普通は、小型犬ぐらいの大きさだ。
フィルは、荷物を運んだり、ユキを乗せて走ったりする。それにより、多くの仕事を早く終えることが出来るようになった。今でも一番のパートナーだ。

テクノスタグにユキはいた。ここが住処だ。
ここでは、いろいろな武器が売られている。なぜならここは、この世界の中枢的場所であるからだ。
いつものように、ユキは商店街をブラブラしていた。
「ユキ。ここにいたんですね。」
街の中で、ユキを呼ぶ声がした。ユキは、彼だとすぐわかった。
歩みをとめず、こたえる。後ろから男がやってくる。
「カズ・・・ここにいたんだ・・・・。」
「はい。ユキ。また現金が、僕の家にきてるんですが・・・。」
「・・・わるい?」
ユキは、カズと言う男にむかって振り返る。その顔は、十五歳の笑顔だった。
しばしの沈黙の後、二人は、微笑み合った。
「おかえり。ユキ。」
「ただいま。カズ。」
交わす言葉は棒読み。心とはウラハラに。
フィルは、二人をじっとみていた。
自分のこと忘れてないか?と。

カズトの家は、教会の裏にある。カズトの祖父は、神父だった。
ユキを拾ったのは、カズトだった。ユキは、捨て子だった。
カズトの両親は、彼が幼い頃任務中死んだ。
彼も彼の両親も暗殺者<アサシン>である。
いつもユキには、「たれ目のアサシン。」と貶されてはいるが、
親譲りのその技術は、ユキと同じくトップクラスだ。
ユキがリムーバーを始めたのも、きっかけは彼のせいかもしれない。
ユキが7歳ぐらいのときだったか。

リムーバーになってから、この家には、寝るしか来てない様にユキは思った。
「コーヒーでいいですか?」
「うん。」
「フィルはミルク?」
「キュイ。」
ユキはテーブルに腰掛け、日除けのロングコートを、ハンガーにかける。前髪をかきあげ、
テーブルにうつぶせる。その横にフィルは丸くなった。
「はぁー・・・・。」
一切の緊張が途切れたように、ユキはため息をついた。
レッドスパイダーを切る事は、普通の十五歳には、到底出来ない話だ。
レッドスパイダーもそうだが、たいていのああいう昆虫たちは、外骨格なので
殻が相当硬い。普通の刃物では、無理な話なのだ。
普通は。
ユキは、幼きながら、急所・ポイントを瞬間的に見抜いている。だから、刃こぼれせず、未だに新人の時から使っている
サバイバルナイフを使っている。
ユキは気がついていないが、それはものすごく気力を使う。
コトンという音がして、ユキは顔をあげる。カップから湯気が昇る。
独特の香ばしい香りが、ユキの鼻へとどく。
「どーぞ。」
カズトは、皿とカップをおいて反対側の席についた。
「・・・ん。」
コーヒーの苦さで、少しは頭が生き返ってきた。
「・・・こんな大金稼ぐなんて・・・。また、変な仕事してませんよね・・・?」
カズトの右手に、札束がぎっしり。
「それは、たぶん黒蒼龍撃退<ドラゴン・バスター>の時のだね。だいじょーぶだって
あれぐらいの子龍(おチビちゃん)。一気に六匹ぐらいヤれるし。」
・・・体長7mほどの、獰猛な龍を子龍と言う・・・。
ユキは以外にサバサバしている。
「ちゃんと休んでないでしょう。今日は早く寝てくださいね。」
・・・こいつは・・・。
だんだん爺さんに、にてきたな。と、ユキは呟いた。愚痴のように。
実際、ユキの保護者的存在は彼なのだ。
「カズはどうなんだよ。今晩は出ないのかよ。」
「今日から、長期休暇なんです。」
「いいのかよ。そんなに休める仕事じゃねえだろーが。」
「・・・だって、明日はユキの誕生日なんですよ。」
カズの笑った顔を久しぶりに見た気がした。って、久しぶりに会ってんだろーが。
そんなひとりつっこみをユキはしていた。
「いいってそんなもん。」
ぶっきらぼうにユキは言った。
フィルのおねだりの声を二人はムシしていた。

自分でもこれだけ冷静にいられる事に、妙な寒気を感じた。
これが運命だったのかもしれない。
そもそもここまで生きていけたのは奇跡だったのかもしれない。
左足から伝わる冷たさが神経にまで伝わってきた。

ユキは、歌っていた。教会の中で。あの歌を。
ユキいわく、これが一番のリラックス法らしい。
夜空の星が今日は、はっきりみえた。どうやら新月みたいだ。
ろうそくの光が、ぼんやりと部屋を照らす。
カズトは、隣接する”はなれ”で銃の手入れをしていた。
フィルは教会のベンチで寝ている。
ザッ。
ユキの耳にかすかな足音がはいってきた。フィルも目を覚ます。
歌がやむ。ユキは、意識を集中させる。
音も立てず、フィルの周りで炎があがる。
そして、中からライオン程のフィルがでてきた。これが成体の時の姿。
ドアの前で足音は止まる。敵は一体だろう。機械ではなく・・・人間?
きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ。
反射的に左手でショットガンをつかみ、体制をとる。扉の向こうには・・・?
「・・・・・・。」
小さな男の子。赤い髪が印象的。ダボダボのTシャツとズボン。表情は暗い。
ユキは姿を出した。フィルも元に戻った。
緊張をといたわけではない。
「・・・なんだい、あんた。」
ユキの言葉にビクッとする。
心に疚しい事があると、些細なことにもビクッと反応を示す。
・・・カズトの言葉だ。
ショットガンは、まだ掴んでいた。
男の子は、ズボンの上から左足首を押さえようとした。
刹那、ユキの銃が左足を撃った。
男の子は驚きのあまり硬直していた。
自分の左足はまだある。ないものは・・・・。
状況を判断するのに長い時間がかかった。
ユキは男の子の左足の装置を飛ばしたのだ。
装置は、カチャッと音を立てながら、転がっていった。
「・・・自爆機械<デスペレーションマシン>・・・。」
ユキは、確かめるように口に出した。
それは、自爆テロ用の小型爆弾。
足首に巻けるよう、ベルトにくっ付けてある。
この男の子が・・・。
ユキの中である仮説が成立する。こいつ・・・。
「あんた、シートか?小さいのにえらいえらい。」
ユキは、ゆっくりと銃をケースにもどす。男の子のどこにももう武器はなかった。
暗殺補助管理人<シート>は、アサシン達の殺しの後片付けだけでなく、
このような自爆テロ行為もする。・・・たまにだが。
男の子は、不思議なくらい落ち着いていた。もう、なにもかを悟っているように。
「殺しなよ。」
初めて言った言葉は、それだった。男の子は、死を覚悟していた。
その潔さ。ユキは気に入った。
「・・・それはあんたが決めることじゃねえ。だろ?」
ユキは、男の子の方へ近づき、頭をなでてやった。
あついものが、彼の心を伝っていった。

「シート・・・?この子が・・?」
「たぶんな。」
カズトはびっくりしてみせる。内心の動揺はひとつも見られない。ユキは無視する。
男の子は、あの後、すぐに倒れこんだ。しかたなく、今、カズトの部屋で
寝かしている。
「ああ・・・。こいつ、礼儀正しくもネームプレートを提げてやがった。」
<03745−RENKAー>
「レンカ。」
「えっ?レンガくんですか?」
ユキは、すばやくカズトの頭を殴る。カズトは頭を抑え、ユキをみる。
ユキは知らん顔。フィルも知らん顔。
レンカの頭をなでる。
「こいつも拾われたのかなぁ・・・。アサシンのグループに。」
ユキの顔が、やさしくなっていた。自分の幼少の頃を重ねているんだろう。
カズトは、その中の切ない顔を、何も出来ずにみていた。

「03745.第一行程完了。」
感情のない、機械の音声がする。この部屋の中に、人工知能を持った
人型ロボットがひしめき合っていた。
その後ろに、二人の人間の影があった。
「ダルク。レンカを向かわせたの?」
椅子に座っている少女がいった。
「はい。レンカは、当社が力を注いだ完璧な襲撃者<マッサリトーレ>ですからね。
この難解な任務も十分果たせるでしょう。」
たっている男は、感情の欠片もないくらい、淡々と言った。
「・・・暇だわ。私が行けばよかった。」
「あなた様に何かあってはならないんですよ。」
「私が易々と殺されるわけないわ。あれに。」
少女の笑い声が、奇妙に木霊する。

翌朝、カズトは教会の庭の花へ、水をやっていた。
「今日は、いい天気になりそうですね。」
カズトは呟いた。花の周りに虹ができる。蝶は踊り、風はうたう。
そのときだ。いきなり、家からものすごい爆発音がした。
カズトは、またか・・・。とため息をついた。
楽園に大砲を放ったのは、間違いなく・・・。

案の定、その音は、キッチンの方からした。
ユキは、格別手先が不器用だ。料理なんて殺人ものだ。
この前なんて、ハンバーグがたわしの様な物質に変わっていたり、
サンドウィッチが、バラバラに散乱したり・・・。
極めつけは、天ぷらの衣を、油に投入。一瞬にして衣が散っていき
油に火が点火。慌てて水をぶっかけ・・・・・・・・・・・。
まあ、このようにぶきっちょ過ぎるのはたしかだ。
たいていユキは苛立ち、ショットガンを撃ちまくる。ターゲットは、異様な物体。
今回は、また一段と激しく爆発したようだ。
・・・カズトの手榴弾の安全ピンが散乱していた。
フィルがフラフラと駆け寄ってくる。泣き声がでないほど、すごかったらしい。
「ユキ・・・。いいから、レンカくんをみてきて下さい。」
「・・・。」
ユキは潔く二階へのぼった。
カズトは、どこから片付ければいいか、考えていた。
「・・・あの大金を使わせてもらいましょう・・か・・・。」
・・・その前にフィルをどうにかしてやらないと・・・。

ユキは部屋の前で足を止めた。
いつ何時でも、扉の向こう側の状況は、ある程度わかっていなければならない。
不意打ちを食らわないために。
殺しのプロが身近にいると、このような事も身についてしまう。
ユキは意識を集中させた。
・・・無音だった。・・・いや、呼吸がした。
ゆっくりドアをあける。レンカはまだ寝ていた。
「・・・おい、ガキ。おきろ。」
ユキはレンカに近付く。レンカはすぐ起きる。
「だれががきだってぇ?・・・!?」
レンカは銃<オートマティック>をユキにむける。その動作は無駄なく素早かった。
しかし
「そんな物騒なもん使いこなせてねえくせに。」
ユキのショットガンはもうレンカの額にあり、レンカのオートマティックは、ユキのサバイバルナイフによって銃口を床に向けられ、切られていた。
レンカもすごいが、ユキはそのはるか上にいる。
一つ呼吸をおき、ユキはきいた。
「どこのシート?」
レンカはまだこの状況をのみ込めていなかった。
自分の腕に自信があったから、受け止められたなんて、しかも、ものすごいはやさで。
やっと出た言葉は答えではなかった。
「お前、何者だ?」
「ユキ。砂漠でリムーバーしてる。」
「ユキ・・・。」
レンカはある言葉を思い出した。
    <白銀の舞姫>
何でも殺すリムーバーのトップクラスに君臨する少女。
「で、あんたは?」
レンカは、どうしようもないものに引き込まれていく様な気がした。
「・・・レンカ。」
「で、どこのシートだって聞いてんだけど。」
レンカは黙っていた。
「・・・っ。」
ようやく話そうとした時、
「ユキ、朝ごはんですよー。」
たれ目のアサシンののんきな声がした。
そのときユキは、カズトの職業を心の底からうたがった。

ユキはレンカのことをカズトに任せて、リムーバー総合派遣事務所にいった。
仕事はここからもらう。まあ、ユキのレベルまでいくと、依頼主が直接
ユキに会いに行くのも珍しくはない。
ここでは、リムーバーのスケジュール管理、仕事量の管理など
リムーバーの管理が主なしごとである。
ユキは受付を通り、まっすぐ社長室へ向かった。
社長室のドアをノックする。
「なんだよ。じじい。」
「おお。よくきたな。男女。」
社長室には、初老が一人いた。たぶんこの人が社長なんだろう。
「ユキ、お前狙われておるぞ。」
社長は何の前触れもなく、単刀直入に言った。
「わかってらぁ。じじい。それだけか?」
「いいや。あとな、お前にいいもんをやろうとおもってな。」
社長はつくえの下から長い棒をだした。棒の先には、装飾が施された刃があった。
「・・・長刀<ナギナタ>?」
「そうじゃ。銀狐白刃じゃ。けどのぉ、これは普通の長刀とは違い、携帯用に便利に3分解できるし、刀としても使える優れもんじゃ。」
社長は3本に分けて見せたり、刀にして見せたりした。
「ほれ、もっていけ。」
「・・・うん。」
ユキはおずおずと手を差し出す。その上に、ながい棒が置かれる。
手にもった感触はわるくはない。
「あんがとな。じじい。長生きしろよ。」
「じじいは余計じゃ!」
ユキは、高鳴る鼓動がなにをさすのかわからずにいた。

それから、ユキは町を歩いた。
「おっ。白銀の舞姫。これ持ってきなよ。安くするからさあ。」
「ん。いいよ。あんがとね。」
装備品をちらつかせる武装屋に愛想をふりまいてやった。
こんな事してるから変な虫もよってくるんだ。ユキの呟きを聞いていたかのように
傭兵が寄ってきた。
「ユキじゃん。」
「気安く呼ぶな。」
「なあ、そろそろ俺のもんになんないか?」
「ばーか。つりあう男になってからいいな。」
「ひっでぇ。んじゃよ。出直してくるからかくごしてな。」
「ほざけ。」

ユキは、それから、テクノスタグハイスクールにいった。
本当ならユキはこの学校に行くはずだった。
まあ、義務教育はもう終わったし、行くのも自由だから。ユキの道も正しいことだろう。
放課後、いろんな音がいっせいに響きだす。
ユキは、校門に立っていた。いっぱい学生が通っていくのを気にもせず。
2・3分して、ユキを呼ぶ声がした。
「あ、ユキちゃんじゃないか。」
ユキは表情を暗くする。駆け寄ってきたのは、同じ年くらいの少年。
「どうしたの?あ!やっと僕の彼女になる気になった?」
ユキは無視し続ける。フィルは威嚇する。
「・・・さっさと立ち去りな。」
低い声で唸る。もう、銃口は少年の額にくっついていた。少年は生命の危機を感じる。もう今さっきまでの軽い気持ちは欠片もない。
「あ・・・あはははは。・・・じゃ・・・な・・・。」
すばやく校門に走る男の背にガンを飛ばす。彼の名は・・・・。
・・・どうやらユキは彼の名を忘れたらしい。ユキの頭の中には”ウザイ”としか記憶されてなかったらしい。
「あれ・・・ユキ・・・?」
今度の声には、ユキは真反対の反応を示した。
幼なじみの懐かしい声にカズトのときの微笑みに似た感情が浮かんできた。
「クリス。」
クリスはユキに飛びつく。ユキは、なされるままに立っていた。
「キャー!!ユキ!あんたすごいよ!4年でこんなに有名になるなんて!
さすがだよ!」
「クリスも大きくなったね。今何歳だっけ?」
「3さーい!」
この世界には、クリスのような亜人間も存在する。
人間とその他生物のDNAをかけ合わせた新人類種。クリスの場合、猫の血を引く。
数え方が生物の方にあわせてあるだけで、このクリスも
16であることは変わりないのだ。
外見は、人間とは明らかに異なる。
「ユキ。どうしたの?ここへ来るなんて。」
クリスは、ユキの顔を覗き込む。
「ああ・・・。実はな、調べて欲しいんだ。こいつのこと。」
ユキは紙切れをさしだす。紙には、03745-RENKA-と書いてあった。
「なに?またやばい事してんの?」
「・・・なんでみんな、二言目にはそういう事言うんだ・・・?」
「ユキが心配なんだよ。じゃね。学校始まるから。」
「うん。当分カズのところにいるからな。頼む。」
学校のチャイムが懐かしい音を立てながら、生徒たちを急がせていた。

ユキが家に帰ると、カズトはもう料理の仕度をしていた。
レンカは二階にいるようだ。
「ユキ。クリスさんどうでした?」
「元気だよ。っつうか、お前のほうがここ長くいんじゃん。」
ユキは学校には12歳までしかいっていなかった。それからは1・2回いったっきりだ。
リムーバーになったのは8歳。プロとして活動し始めたのは、13歳。今日で、ユキは
16歳。この道8年。人生の半分。
仕事は主に砂漠であるので、ここより最低でも15キロメートルは、離れなければならない。
ここにも帰るのは一年に7・8回ぐらい。
アサシンでも、砂漠を越えての仕事は、少ない。なので
カズトの方がここによくいるのは納得のいく話なのだ。
「昼間は寝てますからね。」
・・・これも納得のいく話。アサシンが昼間っから殺してたら、すぐに自治防衛隊に
捕まってしまう。
「・・・ガキについていろいろと情報てにいれようとしたんだが・・・。
・・・あいつ、お前んとこのグループでもねぇんだろ?」
「はい。・・・それよりユキ、その棒はなんです?」
「あ・・・ああ。じじいにもらった。長刀。」
ユキはテーブルに置く。紐を取り、布をとる。
青光りする刃は、普通の長刀より長かった。
「はぁーっ。社長さんも気前がいいですね。」
「あいつにこれが使いこなせなかったからだろ。けど、これはいいや。
下手に日本刀買わなくてよかったぁ。」
「あっ。そうでしたか。誕生日プレゼントですね。」
「・・・。たまたまだろ。じじいにそんな趣味ねえよ。」
ユキは一振りする。結構長いからもっと腕が痛くならないかとおもったが、
ユキの腕はブレひとつしなかった。
「私のプレゼントは料理でいいですか?」
カズトの手には、おいしそうな料理が皿にのっていた。
ユキは笑顔で首肯した。
その笑顔は一瞬にして凍りつく。

カズトはこの状況をどうしようかと悩んでいた。
レンカは、いっさいしゃべらず、ただじっと先のきれたオートマティックをみていた。
カズトは、修理屋にキッチンを直してもらっているあいだ、
レンカの持っていたデスぺレーションマシンを解読していた。
・・・この沈黙をどうにかしたい。
「・・・レンカさん。」
応える声はない。カズトは苦笑いをする。
「シートなんですってねえ。」
応える声はない。カズトは苦笑いするしかない。
「私もそういう類の仕事をしてるんですよ。」
レンカは振り向く。そして、ため息をついてまたむこうをみる。
・・・・信じてない。カズトはそうおもった。
「アサシンを少々して・・・。」
レンカはカズトが言い終わる前に振り向き、いった。
「あのさ、ウソはもっとうまくいいなよ。」
・・・カズトはものすごく落ち込んだ。
ユキにも言われたな。と思い出した。
それは、カズトが独り立ちしたとき
「私、ついにアサシンになりました。」
と報告すると、
「あのさ、ウソはもっとうまくいうもんだろ?たれ目がどうやったら人殺せるのさ。」
・・・たしかユキはまだ7歳だったっけ。
レンカさん・・・。ユキみたいになるのかなあ・・・
と、カズトは本気で心配した。

夕飯を食べ、ユキは16歳をむかえた。
その後、カズトは、教会で、あの曲の伴奏をパイプオルガンでしてくれた。
ユキはそれに合わせて歌った。
レンカはそれをベンチできいていた。何も言わずに。
歌い終わる。ユキは気持ちよかった。
自分がいることを喜んでもらえる日。それももうすぐおわる。
「レンカ君どうでした?」
カズトがきいてみた。
「・・・おい。白髪ババア。へたくそだぞ。」
カチン。ユキは理性という言葉を知らないが、今自分に言い聞かせてるこれのことかと
思った。
カズトは苦笑いをしていた。
「てめえ、やっぱりあん時殺しとけばよかったな。」
「ドンマイ。」
ユキの中で理性というものが崩れ落ちていった。
「コロス!!!」
ユキはレンカを追いかける。
「年寄りは安静にしときな。」
レンカの憎まれ口はいっぱい出てきた。
カズトは、そんな二人を見ながら、似たもの同士だとつくづく思った。
そう思った刹那、教会の中に爆発音が響き渡る。次の瞬間
いくつもの弾丸が教会を撃ちぬく。
ユキもカズトも天井に張り付いた。フィルは防御フィルムをまとった。防御フィルムのおかげで姿も隠れる。
「・・・なんだよ。いきなり。招待状はだしてねえっつうの。」
小声で愚痴るユキ。
「・・・・・・レンカ君は・・・?」
カズトの声にはっとする。ユキは、
「・・・まあ、生きてるって。あいつ結構いいアサシンになりそう・・・・。」
誰かが入ってきた。・・・自治警察自動歩兵ロボ・・・?
なぜ・・・?
「マスター、マスター。ターゲットハ、イマセン。ドウシマショウ。」
ユキは、ターゲットは自分たちのことだとわかった。
5・6体ぐらい入ってきた。たぶんこれで全体だろう。
ユキとカズトは、顔を見合わせ、”行く”と確認しあった。
ユキとカズトは、飛び降り、ユキはロボットを長刀で二つに割った。
降りた反動を使い、もう一体を下から両断。
「!!!?」
ロボットは無線に信号を送ろうとしたが、その前に切られるか、撃たれていた。
人殺しのプロフェッショナル。
人以外も殺すプロフェッショナル。
簡単にロボをスクラップにした二人は、レンカを探した。
「おい!ガキ!どこにいんだよ!」
憎まれ口はかえってこなかった。
「キュイ。」
フィルの声がし、二人は走ってむかう。フィルの足元には、血痕が点々と続いていた。
冷や汗がユキの背筋をつたう。
レンカは蹲っていた。
月が妖しく赤色の光を放ちながら西へ沈んでいった。

「レンカ。レンカ。」
向こうから声がする。懐かしい声。そんなに昔の事ではないのかもしれない。
けど、記憶にない。自分を呼ぶ声は、ふしぎなこえだった。

「ガキ。起きろ。」
ユキの声がこだまする。レンカは飛び上がる。
昨夜、レンカは謎の襲撃により、右わき腹に弾丸が当たったらしい。
今は、カズトの部屋のベットにねかしてある。
「・・・っつ!」
レンカの右わき腹に激痛がはしる。肉片が少し飛んだから、それなりに痛い。
同年代の子供なら、失神ものだ。
「動くんじゃねえよ。安静にしてな。」
ユキはどうやらレンカの見張り役みたいだ。
カズトは一階で昨夜のロボを解剖中だ。プログラマーをいじれば今回のミッションの
出所、つまり、ユキやカズトを狙った者がわかったりする。と、カズト談。
今時のアサシンは、パソコンもできなきゃいけないらしい。
「・・・おい、ガキ、厄介なこと持ちこんでねえだろうな?」
ユキの言葉はまっすぐレンカの心に突き刺さった。
レンカは、動揺を顔に表さず、ただ
「てめえの存在自体が厄介だ。」
と、憎まれ口をたたいた。
ユキは心の中で、呟く。
・・・・・やっぱり、まだ子供だなあ・・・・・

カズトの調べによると、あのデスぺレーションマシンも今回のプログラマーも、この世界に存在しないプログラマーだと・・・・。
「てめえが知らねえだけじゃねえのかよ。」
ユキの言葉にも顔を変えず、カズトは続ける。
「この文字・・・わかりますね?」
カズトは、ユキにパソコンの画面を見るように促す。
ユキは画面に目をむける。そこには、教科書にもない文字があった。
「・・・水球下界<ウェルス>・・・?」
古来からそう呼ばれている。この世界を切り離した下界。
地球ともいわれている。
「そう・・・・この件は、彼に詳しく聞きましょう。」
カズトは、ノートパソコンをたたんだ。
「さあ、朝ごはんですよ。レンカを呼んできて下さい。ユキ。」
カズトは振り返り、微笑んだ。
誕生日プレゼントは、厄介で、ゾクゾクさせるような冒険の幕開けだった。

いつからだろう、自分の意思が抹消され始めたのは・・・。
いつからだろう、簡単に人を殺せるようになったのは・・・。
とても、とても、昔の事で、憶えていない。
そもそも、殺す方法しか教わっていないようなきがした・・・。
・・・生暖かいあの液をかぶるたび、こんな事は忘れられた。

昼間、ユキはクリスの会社にいった。
クリスの両親は、テクノスタブでも有名な情報総合伝達会社の社長だ。
芸能情報はないが、腕の立つ職人や、巷を揺るがす事件
場合によれば、アサシンやリムーバーの情報も配布したりする。
ここには、テレビは普及してはいないが、情報取得機<ガッシュ>は子供でももっている。
ガッシュは、小さなチップを内蔵していて、空間に映像を映す。
これは、人類最もすばらしい機械として、何年前かに表彰されていた。
今では、ネックレスになったり、リングやハングルになったり、通信機能もついたりと、
さまざまなかたちに進化していった。それを作っているのもここだ。
「いらっしゃいませ。」
受付の女性(たぶんアンドロイド)が言った。ユキはクリスからもらったカードをさしだした。
受付の女性はカードを機械に取り込む。
「・・・ユキ様ですね。ようこそ、クリス情報総合伝達会社へ。ご用件をどうぞ。」
クリスを愛する両親は、ついに社名にも子供の名をいれた。
・・・子煩悩だこと・・・。
「ええっと・・・しゃ。」
「ユーキーちゃーん!!!!」
ユキはふりかえる。そのうえから何者かがのっかかる。
「!!!!?」
はたからみれば、襲われる少女と狂ってる母のように見える。
「久しぶりねえ!元気してた?大きくなったわねえ!ますますきれいになっちゃってえ!
もうおばちゃん抱きしめちゃう!」
浮かれまくっている女から、仕事のときのようにすばやく回避する。
「・・・久しぶり・・・。おばさん。」
その女は、クリスの母ジュリア。クリスと同じ新人類種。ネコの血をひく。この会社の秘書をしている。
「おばさん、クリスいる?」
今日は、休日だ。
「ああ、クリちゃんなら自室にこもってるわ。」
「あんがと。」
ユキは、駆け出した。その背中にジュリアの声がとどく。
「ユキちゃん、16歳おめでとう。」
ユキは、左手の親指をたててみせた。

クリスの部屋は、会社のビルの最上階にある。
ユキは、17階を駆け上がり、息も切らさずにドアのインターフォンを押した。
ピーンポーン
「ユキ!」
待ちわびていたのか、クリスはすぐに出てきた。
「どうしたの?ユキ。ここまで来るなんて。」
「・・・ごめん・・・あのさ・・・調べてもらっ・・」
「あっそれそれ、ごめんねっ!ぜんぜん情報源がないの。
それよりさ、昨日さあ、ユキ、自治警察自動歩兵ロボと一戦交えたでしょ?
それでさ、自治警察に入り込んでみたんだ。そしたらさ・・・。」
ユキを部屋に入れ、鍵を閉める。小声でクリスは言った。
「自治警察は動いてなかったの。」
「だろうな・・。」
ユキは頷く。
自治警察のロボと思っていたのが、実はウェルスのものだったとは・・・。
「・・・ウェルス・・・。未知なる大地・・・。」
「えっ?ウェルス?」
クリスは聞き返す。ユキは戸惑う。
これは話していい事なのか・・・。
「あっ!そうそう。知ってる?」
クリスは気にしていなかったようだ。ユキは心の中で、ゆっくりため息をついた。
「ウェルスからなんかがこっちに着たみたいなんだ。」
「・・・いつ?」
「さあ。たぶん2日前の夜から昨日の夜明け前ぐらいかな。
・・・その時の映像・・・いる?」
クリスは笑ってチップをだした。その映像はチップの中に入っているみたいだ。
ユキは首肯する。
「そー簡単にはやれないんだなー。」
チップをふってみせる。
ユキはいとも簡単にそれをとってみせた。
「悪いねえ。親友ってだけでトップシークレットもんを簡単にもらえて。」
「ずるい。これバレたらこっちが金出すんだからねっ!」
ユキからチップを取り戻そうとはしなかった。無理なことは分かっていたから。
「愛してるよ。クリスちゃんっ。」
「恋にはお金が必要ですのよ。白銀の舞姫。」
「援助交際かよ。お嬢ちゃん。」

早速、部屋でガッシュにチップを入れてみる。
そこに映し出されたのは、衛星映像だった。
宇宙という空間に、いくつも砂のように惑星が漂い、その中にひときわ美しく輝く碧い星。
   <ウェルス>
そして、そこから奇妙に浮かんでいるパズルのピースのような惑星。
それがここなのだ。
「・・・カズ。立ち聞きは趣味わりいぞ。」
ユキは、扉の向こうの相手に向かって話しかけた。
カズトは、しばらくしてからはいってきた。
・・・たぶんアサシンとして、気配を読みとられたのがショックだったらしい。
「なあ、レンカがウェルスでうまれたとしたら?」
「え?」
ユキはこの事ばかりかんがえていた。
もし、レンカがウェルスのシートに似た仕事をしていたら・・・。
そして、ここにユキを殺しに二日前飛んできたら・・・。
ばらばらの点がひとつになる。
「この映像、二日前・・・レンカが来たとき、衛星がキャッチしたんだ。」
カズトの顔が、ガッシュに近づく。
「この物体の拡大図が・・・。」
ユキはガッシュの拡大システムを解除する。流れる光を拡大。
10倍。100倍。1000倍。
「・・・これ、カプセルだよね?」
ユキは画面を指差す。
そこには、燃えながら落ちるカプセルが写っていた。
ユキは、映像を再生する。カプセルは、突然軌道を変えて、分裂した。
「・・・で、このひとつが・・・。」
ユキは違う画像を出した。
「この家の近くに落ちてるの・・・。方角的に・・・。」
地図上に点線が伸びていった。たぶんそれがカプセルが落ちていった
軌道なんだろう。
「・・・どう?推理あってる・・・?」
ユキはカズトをみる。カズトの顔には笑みはなかった。
「・・・そうなると、あの襲撃や、レンカの自爆テロもどういう事なんでしょうか・・・。」
「それだよ・・・。」
ユキはガッシュの電源をきる。
「・・・けどさ・・・それ以外全部あってね?」
「うん・・。」
ユキは笑った。カズトはまだ考えていた。
「なあ、あいつ今どこにいるんだ?」
ユキの声はカズトにとどいてなかった。

「ガーキーんちょっ。」
ユキはレンカに近づく。レンカは花なんかもっている。
・・こどもだなあ・・・
「なんだよ・・。ユキ。」
「おっ。やっと呼びやがった。よくできたな、レンカ。」
レンカはそっぽむいた。
「レンカ。もうそろそろ言ってよくね?」
レンカの動きが止まる。
レンカもユキも、相手が次になんと言うか牽制しあった。
沈黙を破ったのはレンカだった。
「言うって?」
「しらばっくれるなって。お前は、ある程度こっちの情報はわかってるだろ?
こっちは調べてもないもんでねえ。
身の上だけでも教えてもらっていいだろ?」
ユキは不敵な笑みを浮かべる。レンカの体の中に冷たい水が流れた感じがした。
いつだたか同じ感覚になったことがある。
昔のことみたいに感じるが・・・。
「・・・いい。言うけど・・・ここは嫌だから部屋で・・・。」
レンカは言葉を詰まらせた。
ユキにもわかった。レンカのつけていたネームプレートから
電撃がはしっている。レンカに。
「っつ・・・!!!!!」
声にならない悲鳴がユキに聞こえた。
ユキは反射的にサバイバルナイフでネームプレートのチェーンを斬った。
少し、電気が入ってきたが、インナースーツのおかげで、損傷はない。
ネームプレートは音を立てて落ちる。まだ電気が残っていた。
「レンカ!!」
ユキは駆け寄る。レンカは崩れ落ちる。
ユキはどうしたらいいかわからなかった。
とりあえずフィルに乗り、レンカを病院につれていった。

「・・・なんなんだよ・・。」
ユキは待合室で唸った。
レンカへのあの電撃・・・。
意図的にしか思えない。レンカの組織の仕業だろう・・・。
守秘義務を忘れるな。と知らしめるように・・・。
けど
「あんなに小さいのに・・・。」
ユキは下を向く。
小さいレンカに命を捨てさせる仕事をさせたり、このような
体罰をしたり・・・。
そして、ユキを狙う・・・。
「ぶっ殺されてえのかよ・・・。」
ユキは無意識にネームプレートを強く握った。
その瞳に何を浮かべているのだろう。
妖しく銀色に光るそれの裏には、ウェルスの言葉が書いてあった。

「あら。ターゲットに愛されてるねえ、レンカ。あの歳で浮気できるのねえ。」
少女はモニターを見て笑った。漆黒の髪がゆれる。
「ダルクぅ〜。ターゲットってかっこいいね。やっぱ殺すのやめとく?」
「何を言ってるんですか。」
冷たく男の声は響く。
「はやく来なさいよ、ユキ。あなたの舞をみせてちょうだい。
そのときに私が死のうたを歌ってあげるわ。」

ユキは老舗の武装技術専門の武器屋にいった。
「ミュリ!ウェルスまでいけるもんない!?」
ミュリとはここの看板娘のことだ。
「ユキちゃん!?どしたの?」
ミュリはすぐ飛び出してきた。ユキと同じぐらいの年齢に設定してあるアンドロイドだ。
「いいから!この店にある長距離飛行船もってこい!!」
ユキの荒い口調を聞き取り、すぐさま頭の中に書き込まれた
リストから長距離飛行船を引きずり出した。
ユキのガッシュにリストを送り込もうとした。
「ああもういいから、一番高いやつだして!」
ユキは拒んだ。
急かされてミュリはどうしたんだろう。と思いながら
奥へと案内した。
「どこへいくの?こんどは。」
ミュリの気の抜けた声でユキの緊張は一気にとけた。
「・・・ウェルスまでね。」
ミュリは、驚き、納得した。
それがユキだから・・・。
「おやぢさーん。ユキちゃんにウェルスまでいくやつみせてやってー。」
ミュリの声が修理場に響いた。
「おっ!ユキちゃん。なんだい?ウェルスに仕事かい?」
ボギーのしたから、顔を出したのは、やはりおやぢだった。
「・・・いや。ちょっと野暮用でね。」
「ウェルスって・・・いつ頃かね?」
「んー・・・。早めにしてね。殺されてたらシャレんなんないから。」
「まーたぁ。ユキちゃん殺せるなんてできないできない。
ずうぇったい死なないもん。」
「ぬかせ。」
ユキはつかの間笑顔をしていた。
その笑顔は本心ではなかったが・・・。

レンカが目覚めたのは半日後、病院の椅子の上だった。
実は、病院には入院患者が多すぎて、レンカのような小柄な子供は
長いすに寝さされていた。
「・・・ユキ?」
「レンカ・・・。」
レンカは軽い脳震盪ですんでいたみたいだ。これもユキの判断のおかげだ。
ついでに横腹も診てもらった。
「・・・自分が人間じゃないようにおもえるんだ・・・。」
レンカは唐突に話し始めた。
ユキは不思議なぐらい落ち着いていた。

自分は物心ついた頃にはあの檻にいた。
あそこがどんなところだったかというと言葉が適切かどうかすら
わからない。
ある会社が自分たちを管理している事はわかった。
自分も周りにいる人も全員数字で呼ばれ、
いつも走らされたり、小動物を殺したりしていた。定期的に人も殺した。これが仕事。
檻の中で一つの組織が造られていた。アサシンの・・・。
自分はその中でもトップクラスにいたと思う。
なぜか年上の人のシートをしたり、同じ工程をしたりした。

そしてあるとき、指令が出た。
“リムーバー 白銀の舞姫  暗殺”
「お前でも気を抜けば殺されかねん。慎重にしな。」
男は冷淡に笑った。
こいつは自分の力の50%も見てないくせに・・・。
拳を強く握り締めた事を憶えている。

「レンカ。いるんでしょ?」
「・・・うん。」
自分と彼女の間には一枚の板しかなかった。
彼女は会社の実権を握っているらしい。けど、まだ子供だからあの男が指揮している。
彼女と息があうといわれ、彼女の話し相手にされた。
歳ははなれているらしい。顔も名前もしらない。
声はドアから聞こえるだけで会ったことはない。
「・・・あっちにいくんだって?」
「あっちって?」
「この星からはなれるんでしょ?」
「うん・・・。」
「絶対生きて帰ってきてよ。」
顔はみえない。けど何かが自分の中で心臓をつかんだ気がした。
彼女の声は仄かな強さをもっていた。
「うん。」
頼りなく言ったことは覚えている。

そして、出発した。
彼女のために殺す。
それがはじめて理由をもち殺すことを決意した仕事だった。

「・・・だから、わかんない。正直。」
「・・・そんなんだから一流止まりなんだよ。」
超一流にのぼりつめた少女の重い言葉に少年は何を思うか。
二人が病院から出ると、カズトがたっていた。
「レンカ君・・・。大丈夫でしたか・・・。」
二人はいまごろかと冷めた目で見た。
レンカはカズトを指差して言った。
「なぁ、こいつがアサシンって信じるか?」
ユキは、声をあげて笑った。
レンカは驚く。笑いの意味がわからなかった事もあるが、
ユキの笑い方が意外だったから。
カズトは苦笑いする。
ユキは、涙を拭いながらいった。
「まぁ、騙されといてやるよ。」

ユキのもとに長距離飛行船がきたのは、3日後だった。
「泣き事いったって戻ってこれないんだから。」
ユキの声は明るかった。
「じゃあ、いくぞ。」
声だけを残し、船は浮上していった。

昔、世界最強の力が創られた。
みな、恐れをなしていた。一人の女を除いては。
その力は二つに分けられた。
二つの力は二人の少女に託された。
違う世界に産み落とされた二人は美しく育っていく。
そして彼女たちはまた生まれ変わっていく。
同じ姿に・・・。

「着陸地確定。着地まで74秒前。」
船を操縦している人工知能が音声をだす。
「着地の際、揺れが発生しますのでシートベルトの用意をしてください。」
「・・・っうっさ・・・。」
いかにも低血圧そうなユキが言った。寝言に近い。
「起きろって、ユキ。」
レンカの声に反応はない。怠惰な声が漏れるだけだった。
「キュイ・・・。」
「フィル。おいで。」
カズトはフィルを抱きかかえた。ペット専用の安全シートにフィルを乗せた。
「カズ。撃ったらおきるか?」
「・・・たとえ起きてもそのときはレンカ君が永遠に眠りますよ。」
カズトが本気で言ったのかは、レンカは分からなかった。
「着地まで47秒前。」
ユキはまだ起きない。二人は放っておいた。
「着地します。」
そう聞こえた刹那、物凄い気圧の変動が船を揺らした。
「着陸中です。24秒後、停止予定。」
音声は轟音でもみ消されていた。
24秒後、ちゃんと船は止まった。
「着地成功。周囲に生命体の反応なし。長い船旅、お疲れ様でした。」
能天気な声がこだまする。
艦内も生命体の反応がないような静けさだった。
「ったー。・・・カズ、生きてるか?」
「・・・ええ。」
カズトもレンカも目の前の白い塊をどうすればいいか
考えていた。
何があろうと、彼女は本能に従っていた。

着地地点は山の中だった。
外は結構寒かった。今まで生きてきたところが砂漠だったから寒く感じるのも無理はない。
レンカのTシャツは長いし、防寒に適した素材だからいいが
カズトもユキも寒さより暑さに適した素材の服だった。
「・・・寒・・・。」
ユキのテンションも冷えていた。
「・・・レンカ君・・・どこか街は近くにないですか?」
「あっちにありそうじゃねえ?」
ユキの指したほうをみる。
木々の間からコンクリートの塊がいくつも見えた。

ウェルスはあっちとは全然異なる世界だった。
共通点は人間がいて、獣も植物もいて、技術が発展していること。
亜人間はいないし、アンドロイドも自動歩兵もいない。
大きな違い、それは平和ボケしている人間が多いこと。
「あっちの方は身を護る技術が主に発展しているけど
ここは医療や通信機器とかが発展してるんだ。
そっちみたいに身を護らなくて良くなった。だから平和ボケてんだよ。」
気候もそんなにひどくはないし、技術が発展しすぎて争いできなくなった。
攻撃なんて意味なくなった。セキュリティーで攻撃を無効化し、反撃の核兵器をもっている。
決して平和ではない。けど表面にはでないから、人は気づかない。
あっちのほうが獣と太陽の危機にさらされなければ安全ではあるかもしれない。

三人と一匹はゲートの前にいた。
どうにも、ここを通らなければ中には入れないみたいだ。
「・・・お前、任務放棄しといて制裁受けてさ、大丈夫か?」
「・・・自信はねえ。」
ゲートをくぐるには身分証明をしなければならない。
「・・・そこにさあ、人いんじゃん。」
ユキは旅人らしき集団を指す。
「・・・紛れるか?それとも・・・殺る?」
ユキはサバイバルナイフを取る。
二人ともいっせいに首を横に振りまくる。
「いいいい!!!!それより交渉すればいいじゃんか。」
「・・・メンドー・・・。」
ユキはまたサバイバルナイフをちらつかせた。
カズトは必死にユキを押さえつけた。
レンカもカズトもそっちのほうが面倒だろうと秘かにツッコミをいれた。

結局、三人は交渉し、ゲートをくぐる事ができた。
さっきの馬車の中に紛れさせてもらうことができたのだ。馬を操る父親、警備についている兄、中には少年が一人いた。
「見慣れない服着てはるねえ。どこから来たん?」
「ええっと・・・。」
カズトは困った。どう対処すればいいのかわからなかった。
ウェルスの人間ではないことを受け入れてくれるのか・・・。
そして、少年の澄んだ瞳に自分が映っている事になぜか罪悪感を感じていた。
自分は死の臭いに拘束されているのに・・・。
「実はな、アサシンって分かるか?」
「・・・わかる。」
「それで、派遣されてたんだ。仕事の内容に関わるから言わなくていい?」
少年は笑顔を消し、そしてすべて理解してまた笑った。
「ええ、ええ、かまへん。悪いこと言ってすまへんかったな。」
「ありがとな。」
ユキは考えていた。
レンカもこの男の子も幼いのに全てを悟っている。
幼くても旅に同行し、危険に立ち向かい、大人と同等に接する・・・。
ここでは当たり前の事なのだろうか。
と・・・。

「03745.第二行程放棄し、帰還。」
機械音声に少女の顔が反応する。
「!!?レンカ!?生きてるの!?」
「・・・生命反応異常なし。」
少女は椅子から立ち上がり、下におりる。
下は、コントロールルームみたいだった。
多くのロボットや人間がひしめき、パソコンの画面とにらみ合っている。
大画面にはいくつもの映像がでては消えていく。
管理するためであろう。
「あんた、03745は今どこにいるの!?」
「ええっと・・・ジャポーネアのイーストチャプターにいます・・・。」
「イースト・・・。」
「ユリ様!!!」
後ろから男が叫びながら来た。
「何をする気ですか!!いけませんよ!レンカはちゃんと保護しますから。」
男は少女を掴んだ。
刹那、男は吹き飛んだ。体のどこかで骨が折れた。少女の腕がものすごい力で動いたのだ。
「邪魔しないで、ダルク。」
少女は消えた。
「・・・っ。」
自分が情けなくなる。
男は吹き飛ばされたまま少女の残像をみていた。
「・・・守りたいものですら守れない・・・か。」
懐かしい男のこえが聞こえた。
・・・もういないのに・・・。

三人はジャポーネアに入ってもその旅人達と一緒に行動することにした。
イーストチャプターの外れの集落で、道も広く、人影はまだ見えない。もう少しで
馬車の中にいた少年の名はカルマ。
カルマの父と兄の三人で旅をしている。
旅の目的はないが、転々と仕事ある限り旅をし続けるらしい。
「このジャケットは?はいるか?」
「・・・いい。ぴったりだ。」
「やろおか?」
「いいの?」
「かまへん。おれには大きすぎるしな。」
ユキはカルマから黒いジャケットをもらった。
「おい!ちっこい兄ちゃん。お前さんにはこれは・・・。」
言葉がとまった。
「だれがちっこいだと・・・?」
レンカはショットガンを構える。
「・・・ぷっははははははは!あんちゃん、そのショットガンじゃあおいらは撃てねえな!」
レンカは我にかえる。ショットガンは銃口が切られていた。
「ユキ、これ直せよ。」
「・・・これでいいか?」
ユキは一丁のコルトパイソンをさしだした。
「旧型だけど結構使いやすい・・・っているか?」
「・・・おう。」
レンカは手にしっくりきたのを確かめて頷いた。
「それよか、ユキ!この丸っこいのなんなん?」
カルマはフィルを指差していった。
キラキラ輝かす瞳におされ気味のユキは言った。
「・・・ロボット。」
「・・・キュイ!?」
フィルは耳をうたがったように振り返った。
ユキは指でいろいろと空間に字を書いたりした。
フィルはしぶしぶ転んだり、はねたりした。
レンカは笑い声をかみ殺した。
「カルマ君、お兄さんが呼んで・・・。」
カズトの声は、途中できれた。
ユキもレンカもわかった。
次の瞬間、馬たちが騒いだ。
そう思った瞬間、銃撃音が鳴り響いた。
「っ!?」
ユキは長刀を装備し、外へ出た。
「騒がしいなあ・・・。だれだよ、顔出せよ。」
ユキが言った瞬間、また銃弾が飛んできた。
「・・・そこか。」
ユキは銃弾をもの凄い速さで斬り、見えない敵を長刀で斬り倒した。鈍い金属を斬る音がほのかにした。
もう一回銃弾が飛んできたが、もう銃弾は打ち落とされ、それを発砲した歩兵ロボットはスクラップ状態になっていた。
「カズはさがって。ひとりで十分。」
「・・・ボスがでてきませんねえ・・・。」
ユキは意識を集中させた。
司令塔はまだいる。この近くに・・・。
気配はひとつもしない。しかし、経験上、本能上、ユキは自分のカンを信じた。
・・・結局あたってはいるのだが。
「・・・ユキさんですか?」
男はいきなり姿を現した。
黒いスーツに身を包み、背は普通ぐらい、眼鏡をかけている。
「だれだ?てめえ。」
ユキが一瞬気を緩めた瞬間、男は目にも留まらない速さでユキに近づき、
ユキの首筋に、軽くふれた。
「あっ・・・!」
ユキは気を失った。崩れていく視界の中にカズトの姿はなかった。
ただただ、黒いスーツに顔を押し付けたことしか記憶になかった。

ダルクってなんであんなに突っかかってくるんだろう。
ちょっとの事でもすぐ怒るし、冗談は通じないし・・・。
使い勝手いいんだか、わるいんだか・・・。
ときどきでもいいから笑えばいいのにな。
なんて、言えないけどさ。わかってもくれてもいいと思う。

「っつぁーっ。」
ユキは起きた。
そこは殺風景な部屋だった。ユキはベットの上に寝かされていた。
「・・・どこだ?ここ。」
部屋は窓にカーテンがしてあり、全体的に落ち着いた青色であわせてあって、
照明器具は天井にひとつしかなかった。
ユキはベットのうえで、起き上がりもせず、考えていた。
男はユキを気絶させ、誘拐した。
・・・誘拐した・・・。
・・・誘拐・・・。
「・・・カッコイー・・・。」
・・・。
そして、たぶん監禁されている。
・・・監禁されている・・・。
・・・監禁・・・。
「・・・デンジャー・・・。」
・・・。
「ユキ様・・・で、いらっしゃいますよね?」
あの男はいつの間にかベッドの横に立っていた。
「・・・何者だ?あんた。」
「レクイア=ダルクと申します。」
ユキは蒼い瞳でその男を見た。見たところ武器はないが、油断は禁物だ。
「それはいいとして・・・あんた、レンカの言ってた組織の一員か?」
「03745のことですか?」
ユキは人間の目では到底追えない速さでダルクに近づき、胸ぐらを掴んだ。サバイバルナイフを近づけ、蒼い瞳を光らせた。
「・・・ふざけんな。あいつは人間だ。機械じゃねぇ。」
「・・・組織の中での呼び名です・・。落ち着いてください。」
ユキはいったん離れた。顔が赤くなっていくのがわかった。
「・・・あんな小さいのに、殺せって・・・言って・・・あんた・・・・。」
ユキは柄になく泣いてしまった。
自分が至らない。
自分が情けない。
本当は泣きたくない。けど、想いが強すぎて粒となりあふれていく。
なんでこんなに想いが強いのか分からなかった。

「・・・いったい何なんですか。・・・あの男。」
カズトは残像に唸った。レンカは始めてみた横顔にむけて言葉をかけた。
「・・・ダルク。」
「・・・知り合いですか?」
口調も顔つきも、いつもと違った。これが仕事のときの顔。
「知り合いもなにも・・・、そいつが指令を下したんだ。ユキを殺せって・・・。」
「・・・本拠地はわかりますか?」
「たぶん。移転してはないと思う。」
カズトはそこで気付いた。
カルマと父兄は立ち尽くしていた。ショックからまだ立ち直っていない。
カルマだけは、チョコチョコついてきた。
「・・・なあ、俺つれていかん?」
カルマは言った。
「俺、こう見えて魔術師として名を轟かせとるんや。力になりたいんや。
つれていくか?」
レンカはニッと笑っていった。
「やだ。ってか無理だろ。」
「ええ!?」
「あの人の前じゃあ、魔術はないに等しいんだよ。それに、お前は家族守って生きていかなきゃならねえ、だろ?」
「・・・。」
カルマは歳の変わらない相手に丸め込まれて、ちょっとびっくりした。
けど、なんとなく理解した。
「カルマ君、きっと帰ってきますから。それまで・・・生きていてください。」
カズトのやさしく、強い意志をもった瞳が少しだけ、茶色に光った。
「おう。」
「それでは、フィル!」
「キュイ!」
フィルは巨大化した。
「なあ!」
カルマは獣にまたがるカズトに言った。
「フィルってロボットなんか?」
カズトは笑っていった。
「さあ?」
フィルは跳躍していった。
カルマは名前もしらない感情が高まっていくのが分かった。

このページの一番上へ

感想を書く

ホーム戻る