月の魚 |
砂野 徹作 |
第一章(全三章) XXXX年10月 日本を中心に世界規模の大地震が続発していた。 瓦礫の原を恐竜型機動カプセルが歩いてくる。 機内 男「誰も来てないじゃないか!」 女「逃げちゃったんじゃないですか?」 男は55才ぐらいの四角い顔で小柄、北野武風である。 女は仲間由紀恵風。Y字操縦桿を握っている。 男は灰色、女はベージュのスーツ。 女「あっ一人発見。」 電話ボックスに脚が付いたような小型カプセルが歩いてくる。 小型機の男、恐竜機に向かい 「首相!ここは危ないですよ。気象ニュースを見てませんか。」 男は25才ぐらいでニュース記者らしく、 鉢巻きカメラを装着している。 スーツではなく作業服。顔はたまご型に大きな目。 ----------------------- 場面変わって宇宙空間、 大小無数の岩石群が漂っている。 やや離れて、 腹部に手足を備えた、 カエルになりかけのオタマジャクシのような宇宙船が浮いている。 「探査日誌10月9日 土星圏のフェーベ(最遠衛星)に到着・・・のはずがフェーベが無い」 パイロットは機械人間で、勾玉を人型に組んだような姿。 背中にも一本腕がある。顔はユキダルマのようにシンプル。 「えーと位置を確認。」 三本の手で周囲の機器を操作。 ----------------------- 場面戻って地球。 記者「チャイルドフロッグが帰るのは10日後ですよ?」 首相「逆落とし君が今呼び戻す。だからベアリングモンスターへ行こう。」 記者「カプセルは泳ぐのが遅いですが」 秘書「大丈夫よさっきトンボを呼んだから。抱っこしてあげる」 セスナ機ほどのトンボ型メカが飛んで来た。 四つの翼には下向きにジェット噴射ノズルがある。 -------------------------- ベアリングモンスター内。 これは、海上の直径200メートルの巨大おわんの内側に 球を敷いた上に半球型の基地が載っているもので、 常に水平を保つ仕掛けである。 学者、モニターに向かい 「チャイルドフロッグ応答せよ。こちらサカオトシ。」 -------------------------- 宇宙船内。 機械人「はーい。」 学者「予定を変更し、ただちに帰還せよ。」 機械人「了解ちょうど帰りたかったところさ。それっ!純粋空間。」 宇宙船がてのひらを向けた空間にトンネルがズボッと開いた。 純粋空間とは時間をかけずに通れる空間で、 常空間で移動しなくても時間が経つことを裏返したもの。 -------------------------- 地球近くに宇宙船がポンと出た。 大気圏に入り炎に包まれる。 -------------------------- 地上。 トンボ(頭部なしの無人飛行機)が 「頭をください」と言うと、 恐竜機は自分の頭(コクピット)をつかんで抜き、手渡す。 トンボはそれを自分の頭として首に差し込み、 記者の小型カプセルを両腕と四本の足で抱えて飛び立つ。 そこへ津波がやってくる。 気象ニュースによる危険とはこれであった。 津波を越えようと上昇するトンボ、迫る津波の上、遠くを 宇宙船が煙を引いて横切る。 下を見ると、津波に襲われ沈んでゆく恐竜機。 ------------------------------ ------------------------------ 第二章 海上の空中。 煙の尾を引いて飛び続ける宇宙船のうしろをトンボが追う。 -------------------------- 海上基地内。 学者(モニターに向かい)「トンボは甲板に着陸を。トンボは海へ。 (隣の娘に)君はハシゴを下ろしといてくれ。」 宇宙船着水。 瞬間的に沸騰した海水が巨大な白い柱となり、崩れる。 ドドドドドド。 それを背景にトンボが甲板に着陸。 基地から折りたたみハシゴが海面に伸びる。 宇宙船がそれを掴み、人間のように登る。 基地内 学者「科学者の逆落としニュートンです」 娘「通りすがりの女子高生です」 学者はエラ張り顔に小さな吊り目で眉毛が無い。 髪はとんがって逆立っている。大きな矢印をあしらった妙な服。 女子高生は短い顔に大きな目。制服らしき服。 通路を進む一同。 秘書「また輸送船が沈んだの?」 女子「巨大なタコに襲われちゃって・・・・2メートルぐらいの。」 秘書「2メートル?」 女子「吸盤の直径が。」 会議室へ入る 記者「(機械人に)どこから戻ったんですか?」 機械人「土星圏の端っこ。」 会議室。 大モニターに宇宙空間の映像。巨大なタコが浮いている。 学者「これがフェーベです。」 首相「タコじゃないか!」 学者「スケール表示を見てください。」 首相・秘書・記者「あっフェーベだ。」 機械人がテーブルの穴にデータコインを入れる。 「これが土星です。」 映像変わり、土星から蟹のハサミが突き出している。 秘書「シオマネキかしら。」 首相「サカオトシくんの考えは?」 学者歩き回って説明をはじめる。 「ニ百億年の昔・・・宇宙のエネルギーが冷えて〔微惑星〕となり、 引力で集まって地球などの天体が生まれた。 最初にひきあった精子隕石と卵子隕石がその核となったのです。」 秘書・女子高生「タマゴなのね。」 記者「太陽系が孵化する時期なんだな。」 学者「ちなみにサイコ・ダイナミズム(精神物理学)では 引力を[恋]と呼んでいます。」 「観測機スイトピーより入電!」←テーブル上の 顔のようなスピーカが突然喋った。 スピーカ「水星がムカデになりました。」 首相「問題は地球だ!」 記者「地球は何の卵なんですか?」 学者「観測結果はヘビです。」 秘書「そんなのカメでもトカゲでも同じじゃ・・・」 記者「いや待て!ヘビヘビヘビ・・・・。 ・・・・ヘビなら我々は助かるかもしれない。」 秘書・女子「どーして?!」 記者「ヘビのタマゴは頭が通る大きさの穴が開くだけで壊れない。」 秘書・女子「わあっやったね!」 首相「ダメだ。ヘビが抜けたあとのからっぽの地球では 引力が足りなくて、大気が逃げてしまう。」 秘書・女子「あーんおしまいだわ。」 機械人「みんなでサイボーグになって真空で暮らそう。」 秘書・女子「イヤよそんなの!」 スピーカ「水星の映像が届きました。」 スクリーンには半壊した水星と、そこから這い出したムカデの姿。 首相と記者はそれぞれ腕組みして部屋を歩き回っている。 20秒ほどそうしていたが二人同時にぴたりと止まった。 首相「気の毒だが、仕方が無い!ヘビは頭から出てくる。」 記者「頭を潰せば死ぬ!」 女子高生「ミサイルだ・・・」 首相(学者に)「一本にまとめたらデッカクて重いか?」 学者「コンパクトなもんですよ電柱の倍ぐらい。」 首相(秘書に)「さっそく発注しろ。」 秘書「まかしとき!」 学者「ヘビくんの誕生予定日は明日です。」 一同「ぎゃっ!」 首相「まにあわんじゃないか。」 学者「完成品のミサイルがここの倉庫にありますよ。 地震防止に岩盤破壊てんでいろんなもの作ったでしょ。」 首相「あっそうか!」 秘書「どうりで落ち着いてると思ったわ」 学者「ミサカン(国際ミサイル管理機構)の許可もとってあります。」 記者独白 「巨大なタコは移住を拒む大陸の国のロボットじゃないかなあ。」 ---------------------------- ---------------------------- 終章 翌日 「シュッパーツ!」 宇宙船がミサイルを抱えて垂直離陸する。前日同様トンボが後を追う。 トンボのコクピットには首相とニュートンが乗り、 トンボ背中に追加されたコブ状席に女子高生、 秘書と記者は記者のカプセルに乗り、 それをトンボが抱えている。 秘書「途中で(ミサイル)を落とさないでくださいよー。」 機械人「それはだいじょーぶ。」 「スイトピーより入電!」←各機に通信が入る。 「金星がサソリに火星がイグアナに木星がワニになりました。 さらに外縁の惑星も球形ではなくなっています。 丸いのは地球だけ、月は魚になりました。」 首相「出てくる場所は?」 学者「あの山ですよ。」 やや冷めて固まりかけたシチューが再び熱せられて表面が 分解するように、大地がばらりばらりんと割れてひらいて 膨れあがってゆく。分離して波打つ大地、 流氷のような一片に富士山が載って揺れている。 首相「生まれる前にやらねばならん。早くミサイルを!」 機械人「溶接したから(宇宙船の)手から離れんなあ。」 首相・学者「よおせつうう!?」 機械人「ツルツルしててすべりますからね。」 大地は・・・・もう大地とは言いがたい、 液体のようにうねる地球の表面は、 ひときわ大きく波打ち、 こまごました人間社会の残骸を宙に踊らせる。 割れた流し台、フォーク、急須、ビール瓶、ポリタンク、 傘、空き缶、モップ、電気スタンド、ハサミ、アイロン、 スリッパ、まねき猫、スパナ、自転車、パソコン、 椅子、[営業中]の立て看板、半壊した自動車、 ガソリンスタンドの給油チューブのからまった信号機、 その遠く遠くに角砂糖のようにたくさん踊る直方体は ひとつひとつが高層ビルが折れ砕けたものだ・・・・。 機械人「船体ごと突っ込みましょう」 三本の腕で軌道設定する。 学者「もったいないそれは宇宙船だぞ」 首相「しかたないだろ!」 ミサイルだけを飛ばすのでは命中精度が足りないらしい。 オタマジャクシのような宇宙船の背中の、 マンホールのようなハッチがパカッと開くと、 機械人が顔を出し、空中へと独自に上昇した。 背中と胸に推力ノズルが追加されている。 「さようなら」 敬礼する機械人の眼下、ミサイルを抱いた宇宙船は、 ほぼ垂直に頭から降下する。 ひゅううううん。 ・・・・ズ・・・・ズズ・・・・・ンンン・・・・・ 重く重く鈍い音と供に巨大なキノコ雲が、 天と地を結ぶ柱のように立ち昇った。 首相「あー・・・本州が消えちまった」 学者「地球は助かりましたよ」 記者「北海道まで飛べるかな」 秘書「海に浮くから大丈夫」 女子高生「あーん赤ちゃんが可哀想だよ」 ------------------------------------ こうして地球震災は終結した。 しかし10ヶ月後・・・・。 夜。秋の草原。 木造三階建て病院がやや離れたところに見える。 秘書、ふわりとした服を着て直径10センチほどのタマゴを 紐付き袋に入れて肩に掛け胸に抱いて、 隣の記者(こっちもふわりとした服)に 「名前を考えてね」 「俺のタマゴなの?」 人間の出産が全部タマゴになったのだ。 ヘビのたたりだろうか? 女性たちはけんめいに暖めているが、 孵った卵はまだ無い・・・。 ススキ野原の二人の頭上、 夜空には遠く高く、輝く魚がゆらゆら泳いでいる。 彼はタマゴに触って、微笑んだ。 タマゴに触るとたいてい誰でも笑顔になるものだ。 人間のタマゴから何が生まれるのか、 月の魚は知っているのかもしれない。 -----------完----------- |