ノベルる

Labyrinth

早阪 和葉
  私の彼ってサイテー。というより、元彼なのだが。
  今日の夕方、そいつが私のことを「オメーなんかと付き合うんじゃなかった」と言ったのだ。だから私は、そいつの頬を思いっきりひっぱ叩いてやった。その時そいつは、少し後退しうろたえて、まるで子羊がわめくように鳴いた。そして私はその迷える子羊を白い目で見た後、早足でその場を去った。
  結果的には私が振った形となったが、私は彼のことが好きだったのに、その彼の一言を聞いて、急にその感情は冷めた。
「そうだ」私は今、自分のしたいことが分かった。それは単にあいつのことをきれいさっぱり忘れようと思ったのだ。そしてまず、メルアドの変更を思いついた。
  携帯を手に取り、すぐにメルアドの変更をした。どんなメルアドがいいだろうか。どうせなら自分の好きな言葉を入れたい。
「これでよし、と」なんだか少し、自分の気持ちが吹っ切れたようであった。もうあいつとの縁は無いと思うと、すがすがしくなってくる。
  そして友人らにメルアドの変更を伝えるメールを打ち始めたところ、突然携帯が鳴り始めた。画面はメールの受信に変わり、私に不信感をも与えた。携帯のバイブと共に、部屋に着信音を鳴り響かせた。
  その受信箱を開くと、題名に「捨てないでくれ」とあった。何、今更、と私は思ったが、やつにはこのメルアドを教えていないし、教える気もなかった。しかしこのメールはなんだろう。なんだか気持ち悪い。
  私はそのメールをどうするか考えた。捨てるか、もしくは開けてから捨てるか。しかしもし開けたら、またあいつに惹かれる可能性がある。それだけは避けたかったが、やはり今のあいつの心境を知りたく、そのメールを開けることにした。
  そのメールには「俺が悪かった。またよりをもどしてくれ」とあった。ふとそのメールの上のほうを見ると、送信者は誰だか分からなかった。ということは、これはあいつからのメールではない。よくよく考えると、あいつがこんな単純な文章を書けるはずが無い。あいつからのメールではないとしたら、誰のメールだろうか。まさか迷惑メールではないだろうか。
  私は少し身震いをし、そのメールを削除することを決断した。

  メルアドの変更メールを皆に送り終わった頃には、もうその迷惑メールのことなんかを忘れていた。しかしあいつのことはまだ頭から離れない。まだ心の中で、少しの後ろめたさがある。私の心が分からない。自分の心に素直になれないのが、今の自分の姿であった。
  そんなことを考えていると、手中の携帯が震えた。そして私は携帯を開き、受信箱を開けると「お願いだから返信して」との題名があった。無性にそのメールを開けたくなり、すぐにそのメールを開けると、「なんで無視すんだよ。ホントに俺はお前のことが好きなんだ」と書かれていた。
  しかし私の心は不信感でいっぱいであった。気持ち悪い、とは思ったが、これが誰なのかの興味がそれを超越した。
「あなたは誰ですか」と書いたメールを送ると、一分も経たないうちに返事は返ってきた。
「何言ってんだよ。俺だよ。貸間純一だよ。お願いだから、しらばくれないでくれ」との返事であった。しらばくれているわけではない。本当に知らないのだ。
  私は貸間という男に心当たりが無いかを探したが、見つからなかった。
  このまま進展が無いのはよくないと思ったので、貸間に返事を書いた。
「私は江口ですが、人違いではないですか」と書いたメールを送る。返事はすぐに返ってくる。
「すみません、何か人違いみたいで。俺、彼女に今日振られたばかりで…今考えられることは、そいつがメルアドの変更をして、あなたがそのメルアドを登録しちゃった感じになっちゃって…本当に迷惑をかけてすみません」
  私はそのメールを見て少し戸惑った。誰も私なんかを見ていないのに、急に羞恥心に駆られる。というよりも、こんな偶然があるのであろうか。その不思議な出来事を目の当たりにし、私は何も考えられなかった。頭の整理をするだけでいっぱいだった。
  五分が経ったことを知らずに、私は再びメールを打ち出す。「いえ、そんな、実は私も彼に嫌いだ、みたいな事を言われて、そんな彼を振りましたよ。何か、似たもの同士みたいですね」何を書いているんだ私。しかしそのまま躊躇せずに送信した。
「そうですか。何だか俺たちって気が合いそうですね」メールはすぐに返ってくると、私の手は自然に返信メールを打ち始めていた。

「それでどうなったんですか、その彼氏」
「それでね、そいつの頬を思い切り、平手で叩いてやったのよ。その後、女みたいに倒れて、気持ち悪かったよ」
「はは、なんか想像しただけで変な感じですね」
  こんな会話を続けて、いつの間にか一時間が過ぎていたことに気が付かなかった。そのうえ私たちの関係は、当に他人の枠を超えていた。顔を知らない相手とメールをしているなんて、恐くて変なイメージがするが、安心して話せる相手になっていた。似たような経験をした後だからであろうか。
「何か眠くなってきましたね。今日はこの辺でやめましょうか」
「そうですね。ちょうど目が痛いと思っていたところですよ。では、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
  私は携帯を閉じて、机の上に置いた。そして部屋の電気を消してベッドに横たわる。窓からは、一筋のきれいな月光が差し込んでいた。満天の星は今日も夜空のような私たちの町を見ていることだろう。
  そして私は再び今日の不思議な出来事に対する興奮に襲われた。その興奮を抑えきれず、私はたまらず布団にもぐった。なんだか貸間とは気が合いそうだ。これから楽しくなりそう。そう思いながら、ついつい笑みをこぼす。
  寒い秋の出来事の、これが私の本当の出逢いであった。

  それから一ヶ月が経ち、十月中旬になった。外は冬を出迎える準備をし、風はその訪れを待ちきれないかのように窓を叩く。
  私たちは相変わらずメール交際を続けていた。顔が分からない相手でも、心が通じ合えている気がする。
  そして私は部屋にこもってメールを打ち続けていたが、次に来た純一のメールには、度肝を抜かされた。
「なぁ、そんなことより、会ってみないか、一度。何か、前から会ってみたいと思ってたんだよ。顔も見てみたいし、直接話してみたい。どうだ、この提案。よくないか」
  私はこのメールを見た時、突然現実の世界に連れ戻されたような感じがした。今までの時間が無になり、消えてしまったようであった。このメール上だけで、会うか会わないかなんて決められない。とりあえず私は考えることにした。
  十分が経ち、頭の中で考えたことがまとまった。とりあえず、年齢、住所、電話番号、写真を送ってもらうことにした。
  そしてそのことをメールで告げると、いとも簡単に個人情報を送ってくれた。
  年齢は私と同じの同級生。住所は私の家の隣の隣の隣の町。こういうのも、純一は県外に住んでいる。そしてルックスは結構いい。私の好みだ。
  私はこれをメモに書きとめ、壁に貼った。これで私がどうにかなっても大丈夫であろう。しかし一応、ヘルプのメールを未送信メールとして保存した。そして純一に返信する。
「いいよ。じゃ、私が予定決めていい?」
「いいよ」
「じゃ、今度の日曜日、十時に東京のハチ公前でいい?」
「いいよ。じゃ、そのときに」
  それから私も純一も会う日まで一度もメールをしなかった。今メールを我慢すれば、喜びが倍になると思ったからかもしれない。
  一週間は短いようで長かった。毎日笑顔を絶やさずに、友達からも変だと言われ続けてきた。ベッドの中で、純一とはどんな男か想像をめぐらした。しかし性格ばかりで、顔までは想像できなかった。そんな不満も、純一と会うことによって消え去るのであった。

  自分の家から二時間でハチ公前まで着いた。集合時間は十時。十時まで、あと十分ぐらいある。その間をどうしようかを考えた。そういえば、東京には初めて来た。もっといいところかと思えば、ごみごみとして汚らしい。
  そんなことを考えていると、ある男の横顔が目に入った。あの顔は、携帯の画像と照らし合わせてみると、それは純一であった。私は純一のもとに駆け寄った。
「あの、すみません。貸間さんですか」
「そうですけど…もしかして、江口さんですか」
「そうです」私の顔は自然にほころんだ。
「良かったー、会えたー」純一の顔は喜びで包まれていた。そして私に背を向け、明るく言い放った。「さぁ、行こう」

  純一とは手をつながなかったものの、友達という視点で楽しんだ。観光地へ行ったり、飲食店に入ったり。純一は東京のことをよく知っているらしく、いろいろと案内してくれた。しかも私に気を遣い、純一の優しい一面が見えた。変なことを言わないし、誰でも分かる話題を提供してくれたりと、理想の彼氏という一面も見せてくれた。
  そしてその楽しい一日もあっという間に過ぎ、赤い夕焼けが空を覆った。
「今日は楽しかった。いろいろありがとう」
「いや、俺こそ楽しかったよ。また遊びたいときに声をかけてくれよ」そう言うと、純一はにっこりと微笑んだ。
  私がその顔を見たとき、私は頬が紅潮するのを感じた。夕焼けに照らされ、私の頬はよりいっそうリンゴのように赤くなった。そして私はひとつのことを思い出す。「あ、携帯電話の番号を教えるわ。携帯出して」
  二人は赤外通信をし、互いの情報を交換した。
「じゃ、俺はこれで帰るわ。じゃ、また都合がついたら誘ってよ。俺は大体の日は大丈夫だから。じゃあな」
「じゃあね」私の声はさびしく風にまかれた。そして私の視線はただ一点を見つめていた。切なくなった心をふさぐように。

  その後も私たちは東京へ繰り出した。お金のことは少し心配になったが、今まで使っていなかったこともあって、その心配は無に終わった。相変わらず純一は私を親切にしてくれ、東京のあらゆる名所などを教えてくれた。そしてそのまま一ヶ月が過ぎると、状況は一変した。そう、その時はまだ、これから起こる出来事に気付いていなかったからであった。

「今回もだめなの?」
「…ああ、悪いな。俺も遊びたいのに、どうしても都合がつかなくって。悪いな。また今度誘ってくれよ」
「…うん、分かった。じゃ、また今度ね」
「本当に悪いな。じゃ、また今度」
  果たしてどうしたのだろうか。純一は最近忙しいらしく、ここ二週間、純一と会っていない。ああ、どうしたのだろうか。彼の身に何か起こったのだろうか。私は心配しつつも、ベッドにもぐった。そして知らず知らずのうちに、夢の中へと引きずり込まれるのであった。

  さらに月日は経ち、十二月に入った。
  明日は日曜日で、予定は何も入っていなかった。今度は大丈夫であろうか、と思いながらも、純一に電話をかけた。そして純一の声がした。
「もしもし、杏ちゃん。どうしたの」
「もしもし、明日の日曜日、空いてる?」
「ああ、明日ね…大丈夫だよ。遊ぼう」
「え、本当。じゃあ、明日、いつもの場所に十一時で」
「分かった。楽しみにしてるよ。遅刻すんなよ」
「あんたこそ。じゃあね」
「また明日な」
  携帯を閉じ、机の上に置くと、そのままベッドに倒れこんだ。まだ昼前であったが、もう一日は終わってしまったようであった。そしてそのまま頭をベッドに沈め、深い眠りについた。

「やあ、早いんだな」駅からさっそうと現れた純一の姿は、太陽に照らされ、一段と輝いていた。黒い髪の毛も、その日だけはきれいにそろっているように見えた。
「もう、遅いよ」そう言いながらも、久しぶりの再会に声は上ずんだ。風が少し吹くと、私の髪はなびいた。そして私は純一の腕に巻きついて、渋谷の街へと繰り出した。
  それから二時間、買い物やウィンドウショッピングを楽しんだ。さすがに五回目となると、名所という名所を回ってしまったので、買い物の他にすることがなくなってしまったのだ。そして人混みの中を掻け割っていると、一つの喫茶店に着いた。
「あそこで休憩しよう」純一は少しやつれた顔で言った。
「うん、そうだね」私は純一の顔を見て、そう判断した。

「そういえば、どうして彼女と別れたの?」五回目だというのに、こんな話題にしやすいことを聞いていなかった。しかし純一の気持ちを考えて、私の心の何かが、それをとがめていたのかもしれない。
「…ああ、たいしたことじゃないよ。というより、なんであいつがあんな態度をとったのかが分からない。俺、何にも悪いことなんかしてないし」純一は苦笑いをした。じつに分かりやすい苦笑いで、その表情からは理解しがたいというのがにじみ出ていた。
「それで、何があったの」
「そうだな…本当にたいしたことじゃないよ。聞いてても詰まんないと思うけど…聞きたい?」
「うん、聞きたい」
「…じゃ、言っちゃおうかな。ある後輩が、俺に告白したんだ。でも、俺ってその頃彼女がいたじゃん。だから断ったんだよ。でも、その子が何かかわいそうで、その日の帰りだけは、一緒に帰ってあげることにしたんだよ。それでさ、その帰り、彼女が俺とそ後輩が一緒に歩いているのを見たっていう口コミを聞いてさ、怒っちゃって。それで俺、そのことを弁解しようとしたんだけど、何か彼女は聞く耳持たずで、もうだめって感じで。でも、俺必死でメールで謝ったんだが、いつの間にか、杏ちゃんのところにメール送ってたみたいで。あのときは悪かったな」
「いいのよ。でも、何かこの出会いって、ロマンチックでいいじゃない」
「そうかもな。何かこの時だけ、奇跡を信じちゃうよな。俺達の出会いもそうだし」純一は今日一番の笑顔を見せた。そして話を続ける。「でも、その奇跡も今日まで、か」
「えっ」私はきょとんとした目で言った。「それって、どういうこと」
  純一は、しまった、といった顔をした。しかし、そのことを隠せないと言っているかのように唇を噛んだ。「実は…」

「え、ウソでしょ?」
  突然の純一の言葉に、私は戸惑った。なんで、今にこんなことを言うのか。まさか引越しなんて。国内ならまだいい。しかしそれがアメリカとなると、会う機会がまったく無い。その上、明日出発なんて、急すぎる。やっと純一のことを、違う好感を持ち始めていたのに。
  純一は一つため息をし、首の後ろを掻いた。「だから、あの時の約束は、叶えられないかもしれない。ごめん」
  しかしその言葉は、私を逆鱗に触れさせたにしか過ぎなかった。「なんで…なんでそんなこというの。約束は破るためにあるんじゃない。目標としてあるのよ。バカ。もうアンタの顔なんて、見たくない」そう言い残すと、私はその場から離れて、走り出していた。もちろん純一を置いて。涙を袖で拭き、人混みを掻き分け、決して後ろを振り向かずに、駅を目指して走った。純一は追いかけてこない。そんな気がしたが、決して止まらなかった。
  昼下がりの東京は、止まることを知らなかった。

  ベッドの上でうずくまり、枕を抱いている自分がいる。そして音も立てずに、静かに泣いていた。しかしそんな静寂の中を、携帯はさっきから鳴り続けていた。
  そしてそのまま何分が経ったのであろう。私はようやく携帯に手を出し、ゆっくりと開いた。受信メールは五十一件あり、また新たなメールが届く頃であった。私はそのメールの受信を中止し、今まである受信、送信メールをすべて消去した。そしてとどめに電話帳に登録してある純一を消去した。携帯の電源を切り、そのままそれから手を離した。もうこれで会うことは無いだろう。私はそう心に誓い、そのまま気を失った。

  それから二週間経ち、あと一週間でいよいよクリスマスだ。ここ二週間、机に置かれている携帯には一切触れていない。なぜだか自分でも分からないが、触りたくなかった、が一番の理由であろう。そして時間は流れる。

  二日が経ち、二週間ほど前から来る友達からのクレームを、私は行うことにした。なぜメールを返信しないのか、ということだ。そして触りたくないだけ、と答えると、友達はさらに私にその理由を追及する。しかし本当に触りたくないだけなのが今の現状で、友達の言うことは、すべて無視していた。しかしその友達のクレームが煩わしくなったので、ついにあの携帯に触ることを決意した。
  そしてイスに座って机と向き合い、携帯を手に取った。その時、何のためらいも無かった。触りたくない、近寄りたくないという意識はなく、電源をつけ、受信をすると、メールが一気に流れ込んできた。そして受信箱を開き、順々にメールを開く。どれもこれも、会話文みたいなのばかりで、見る気がうせる。そしてその中で、電話帳に登録していないメールを見つけた。迷惑メールであろうか。私は構わず削除した。が、その迷惑メールの数は尋常ではなかった。しかも同じアドレス、一つ一つ丁寧に書かれたタイトル。それは私の心を動かした。しかしこのメールを書いた人が分からない。そこで私はメールを返信しようと考えた。そして送ったとき、私の何かが懐かしさを思い出させてくれた。なんだったのだろう、あの気持ち。私は胸を押さえながら、返信を待った。

「あなたは、誰?」
「冗談だろ?もう忘れたのか。俺は純一だ。貸間純一。というより、今までどうした、メールを返さないで」
  純一。なんて懐かしい名前だろう。しかしまだ顔は思い浮かばなかった。
「なんで私のメルアドを知っているの?」
「なんでって…俺たち、付き合ってんじゃん。待ってるぜ。お前があの時言った通り、あの約束だけは叶えられるように、頑張ってみるからな」
  そして私は壁にかかってある写真を見た。そこには私と一緒に写っている、ある男の笑っている顔があった。その男の目が合うと、なぜだか胸がドキドキした。
  冬の風が、私の心の窓をカタカタと叩いた。

  クリスマスの日になり、午前中を平和に過ごすと、もう昼を過ぎていた。しかし私はまだベッドの上に横たわり、純一のことを考えていた。これは朝からずっと考えていることであった。顔がどうしても思い出せない。純一とは一体誰のことか。いくら頭を動かそうとしても、何かが私の行為を抑止する。
  そして時間が流れる。永遠と続きそうな時間が私を取り巻いた。その中で、私は知らずに寝ていた。

「約束だよ。クリスマスの日の午後七時に、この場所で絶対に会おうね」
「ああ、約束だ」

「純一…」私は目を覚まし、すぐに外套を着て外に出た。背後から母さんの声が聞こえたが、今の私には聞こえなかった。
  電車の中で揺られながら携帯を見ると、時刻はすでに八時であった。それもそのはず、家を出たのが七時であった。私は暗い外を眺めながら、純一の顔を頭に浮かべた。はたして待っているであろうか。二時間近くの遅刻で、この寒い外で待っているのがおかしいと思い、この可能性がなくなっていた。しかし私は決して純一のことを信じていた。

「いるかな…」私は不安になりながらも、待ち合わせの場所へ向かった。八時十二分。たくさんのカップルがこの通りを行き来している。
  そして待ち合わせ場所の木の下にたどり着いた。気にもたれかかり、そのまま五分が過ぎた。もしかしたら、と思い、木の周りを回ってみると、私が寄りかかっていた場所のちょうど後ろに純一はいた。まだ純一は私のことに気付いていない。そんな純一の背中に、私は純粋に飛びついた。そしてその時、純一はよろけた。
「純一!」
「…え、何…杏ちゃん…なのか」純一は私を見ると、優しく微笑んだ。
「ごめんね。本当にごめんね。好きなだったのに、会いたくないと思って…でも、会えてよかった」
「俺もだよ。もう会えないかと思った」純一は私の方を振りむくと、改めて抱いた。
  これが本当の出逢い。寒い冬の、雪の降っているクリスマスの出来事であった。

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