FINAL FANTASY 8 |
aki作 |
バラムガーデンの保健室――廊下に少女は立っていた。廊下の両側には各個室があり、部屋全体を見渡せる大きな窓から中の様子が見えるようになっている。 「スコール」 と、その少女は言った。ベッドで気持ちよさそうに寝ている青年がスコールというのだろう。その傍らに、前を開けた白衣の先生がいる。 真っ白のカーテンがふわりとまうと、スコールの顔が明るく照らされる。首にかけられたシルバーのアクセサリーも、日の光を受け輝いている。 「あの時からね」 懐かしむように少女は、スコールと離れてくどれくらいになるか、思い出す。 「また来るね」 と、少女はスコールに小さく手を振ると、保健室をはなれた。 白いシーツと分厚い掛け布団――保健室の一室に、カーテンから抜けた風が吹きこむ。ベッドの中、スコールは目を覚ました。 「傷の具合はどうだい?」 と、先生が言った。何となしにスコールは額を触る。昨日、訓練中サイファーに切られた傷である。訓練とは名ばかりで、実践さながらなわけだが、サイファーは禁止されている魔法を使用してきた。 スコールの通うバラムガーデンは、戦闘と関連の深い業種で活躍できるSeedを、養成する学校である。 訓練だけではなく実践も行われる為、即戦力となり戦闘に関して高い信頼が寄せられている。 ただ訓練とはいえ、魔法の使用は禁止されている。時間が少し経ったからといってもそのことに、スコールは憤りを感じていた。 「なんともなさそうかい?」 と、先生はスコールの傷が気になって体をのりだした。 「ああ、大丈夫だ。それより――」 と、スコールは言うと布団をまくり頭を大きく振る。 「何か、探し物かい?」 「ああ、俺のガンブレード。知らないか?」 「ガンブレード? 何だい、それは。――ああ、もしかしてあの剣のことかい。それならキスティス先生に感謝するんだよ。あんたの部屋まで運んでくれたんだから」 「そうか」 腰につけた鞘とそこに収まるガンブレードがなく、なんとも落ち着かない。 ガンブレードとは、スコールの愛用している今では扱いが難しく、廃れつつある両刃の剣である。柄の部分には銃のような引き金があって、切りつけると同時に引き金を引くと、通常より高い威力を発揮するというものである。その引くタイミングの難しさと、ガンブレードの重さから、このガーデンで扱えるものはスコールとサイファーだけである。 今まで肌身離さず持っていたガンブレードの所在が分かるとスコールはホッとする。部屋へと取りに戻ろうと思ったその時、自動ドアが開いた。 「あら、今お目覚め?」 スコールの指導教官であるキスティスが、入ってきて言った。肩までかかる金色の前髪を真ん中で分けて、バラムガーデンの制服に身を包んでいる。十八歳で若くして教官まで上り詰めたエリート肌の持ち主で、だがそれを一度として鼻にかけたことがなく、きれいな顔立ちから生徒には慕われている。 「せっかく寝顔をのぞきに来たのに」 口に手をあてて、キスティスは笑った。「スコール、これから話があるんだけどいい?」 「ああ」 キスティスは白衣の先生に頭を下げると、ホールへ続く廊下を歩いていく。両側は校庭で、休み時間ともあって元気な声が飛び交っている。 「サイファー、一体何を考えてるのかしら」 「さあな」 「二人して額に傷つくっちゃって、本当にもう」 キスティスはスコールの額をさりげなく見ると、「傷はふさがっているみたいね」 「話って?」 「あら、私の話はつまらない? まあ、いいわ。これから炎の洞窟で試験があるから、準備しておいて。それから時間になったら正門に来ること。いい?」 ホールと行き先板が見えてくる。そのすぐ近くの階段はエレベーターへ続いている。行き先板までキスティスは行くと、 「それじゃ」 と、返事を聞く前に行ってしまった。 待ち合わせまではいくらか時間がある。スコールはガンブレードをとりにいくついでに、部屋で休もうと考えていた。 昼が過ぎると、食堂にそれまで席を埋め尽くしていた学生はいない。片付けに追われる、食堂のおばちゃん達は、せっせと食器を洗っていたが、その音も聞こえなくなりいつもの静けさが戻っている。雑談をするグループの声もこの広い食堂ではほとんど聞こえない。 キスティスは入り口に近い所にテーブルを決めると、コーヒーカップを手にして腰を下ろした。 「疲れてるのかな、私――」 と、キスティスは言った。ここに誰もいなかったら、キスティスはテーブルにおでこをつけてしまおう、と思っているぐらいだ。 スティックの端を破って半分程注ぐ。 「これが、初めての挫折だったんだ」 ふと、そんなことをキスティスは思う。 Seedを首席で卒業し、若くして教官の地位まで手にすることが出来た。それはずっと努力によるものだと思ってたんだけど。 キスティスはコーヒーをググッと口に含む。 でも――実際は違ったのね。昨日のスコールとサイファーの訓練中、サイファーは禁止されている魔法を使ってしまったわ。どうしてかしら? サイファーも当然分かっているはずだと思うし、やっぱり私には分からないわ。 私は他の教官が言うように、指導不足で経験が浅いからなのかな。でもそういうのって、なんだか認めたくないわ。言い訳にしているみたい。 サイファー、問題さえ起こさなければ、もう卒業してもいい年なんだけど。 キスティスは残ったコーヒーを口に含む。さっきまで雑談していたグループの姿はもう見えなかった。 「そろそろね」 息抜きも済んだことだし、頑張らなきゃ。私がこんなで、どうする! 生徒に示しがつかないぞ! そう自分に言い聞かせたキスティスは、さっきまで沈んだ顔が嘘みたいで――待ち合わせの場所へ早足でむかった。 ホールと反対側に学生寮があり、スコールは部屋に着くとすぐにガンブレードを探し始めた。専用のケース入れがあって、中を確認してみて 「よかった」 と、思っても口には出さないスコールである。 壁にかかった時計を見ると、試験まで時間がある。大きな窓から部屋全体にそそぎこむ陽光の為、温かく、そしてまぶしい。学生寮は正門とは正反対の位置にあり、試験とは無縁の学生は教室で授業を受けている為、静かである。時計の針が、動く度によく響く。ベッド横に電話が一台と、内容の分からない本が何冊かサイドボードに置いてある。前の住人が忘れておいていったものだろう。 スコールは自分の部屋に何もない、ということに気づくと、大の字になってベッドに寝転がった。 だが、横になって数分、カチカチと刻む音はスコールの神経に障るだけである。 スコールはガンブレードを手に、部屋を出た。今から行っても待たされるので、広いガーデン内をゆっくり歩いて気を落ち着かせようとスコールは考えた。学生寮の廊下がエレベーター周囲の大きな廊下と合流するところが見えてくる。 中心にあるエレベーターの周囲に堀があり透きとおった水をたたえている。水の底は青い為、透明な水はうすい水色に変わる。水面から顔をのぞかせた大きな魚の彫刻からは水が吹き出て、数メートル間隔の照明は水中からぼやけて見える。堀の外側は廊下で各主要施設へ伸びている。学生は学生寮に住むことが義務づけられているので、この廊下から食堂や、訓練施設、教室と往復するものが大半である。他には図書館や、保健室、駐車場、校庭へ行くことが出来る。 反対側のホールまで来たスコールは、予習をする為二階の教室へ行こうと、エレベーターが来るのを待つことにした。 静かなガーデン内を、短距離走をする勢いで駆け抜けるものがいた。大きく外巻きしたカールのショートヘアが、大きな特徴である。 もし突然横から誰か出てくれば追突はまぬがれないだろう。何を急いでいるかというと、少女もまたSeed試験を受ける予定であったが、試験が始まる今まで、部屋で寝ていたのだ。試験場所が分からず、転入したばかりということも拍車をかけてしまって、少女はかなり焦っているのだ。 ちょうどその頃、教室で予習を済ませた男がエレベーター前の廊下を歩いていた。 そんなことを知らない少女は、二階へつくとドアが開くなり勢いよく出たので、前にいた男に全く気づかなかった。 突然すぎてお互いによけきれるはずもない。 「あいたた――。い、痛いよー!」 と、少女は尻餅をついて言った。転んだ拍子にスカートが半分までめくれ上がって、元気な太ももが見え隠れしている。人に見られたら、お嫁にいけなくなっちゃう! 少女は目にもとまらない速さでなおすと、 「えへへ、ごめんなさい。私ったら、ドジで」 「おい、大丈夫か?」 と、ぶつけられた男は言った。男の方は見かけどおり頑丈だったので、なんともない様子である。――少女だけが顔を真っ赤にしている。上目遣いで少女は見て、 「私は大丈夫。そっちは?」 「いや」 「ほんと、ごめん。」 すばやく立ち上がると、さっきの勢いでまたまた、走り去っていった。男はその後を見送った後、意味もなく服の埃をはらった。 「時間きっかりね」 正門前、先についていたいたキスティスはスコールに言った。だが、スコールは顔をそむけ何も言わない。 「何よ、しかめっ面なんかして」 「あんたには、関係ない」 キスティスはその言葉にカチンとくると、 「それは聞き捨てならないわね。仮にもあなたとこれから試験を共にするっていうのに。コミュニケーションは大切な要素よ、ないがしろにするものではないわ」 「分かったよ。――さっき、誰かに勢いよくぶつけられたんだ」 「まあ」 「それだけだ」 「でも怪我はなかったんでしょ? 試験は受けれるんでしょ?」 「問題ない」 「なら、行きましょう」 スコールはそれ以上何も言わなかった。イライラしても先生には関係ない、とスコールは頭を切り替えた。 キスティスはスコールの前に立つと、炎の洞窟へと向い始めた。 炎の洞窟はバラムガーデンから歩いて少しの所にある。ガーデンを一歩抜ければ、平原であるがモンスターは出現するので、あまり無駄口をたたいて、長居することは避けなければならない。炎の出入り口に試験官が二人待機している。ここ一帯は砂嵐がきついので、目の部分をくりぬいて首まである頭巾を試験官はかぶっている。 「お時間はどうされますか?」 と、試験官はスコールを見て言った。付け足すようにキスティスは 「この試験は、奥まで行って帰ってくる。――ただそれだけよ。はやければ成績は良いけど、モンスターがいるから油断は禁物よ。それで時間はどうする?」 「二十分ぐらいでいい」 「あら、貴方なら五分とか言ってくれると思ったんだけど」 キスティスはスコールにちょっとだけ皮肉を込めて言った。 「ははっ、ご冗談が過ぎるようで」 二人の試験官が笑い始めると、和やかな雰囲気に包まれた。――頃合をみて試験官は、 「洞窟に足を踏み入れた時点で、試験が始まりますのでお気をつけて」 と、言った。軽く会釈したキスティスは、 「行きましょう、スコール」 「ああ」 洞窟へと足を踏み入れる時には二人とも、真剣な目つきだった。 予想していた、いやそれ以上かもしれない。常軌を逸したこの暑さにスコールは思わず来ていたジャンパーを、脱ぎ捨てるほどだった。キスティスも、と言いたいところだがきれいな白い肌をスコールに見せて、倒れてしまったらどうしよう、と思ったのだ。――私って、ちょっと自信過剰? 通路の脇には、沸騰した時に出てくる泡が、破裂しては膨らんで、を繰り返している。通路は広くないので、よそ見はできない。 お互い早く抜け出たい思いが一緒なのか、早足だった。――奥が見えてくる。 辺りを警戒し始めたキスティスは、 「スコール、気をつけて」 と、言った。 大きな揺れで溶岩から飛び出してきた化け物は、丸太のような腕を地面に叩きつけ、大きく吠えた。腹の底まで響く声である。 「我が名はイフリート。呼び覚ましたのは、お前達か」 と、イフリートと名のる化け物が言った。イフリートの大きさは、長身のスコールが小さく見えてしまうぐらいである。 「大きければいいって、いうもんじゃないわ」 と、キスティスは言った後、冷気魔法を放った。 顔をしかめたイフリートを、スコールは見逃さなかった。突き出したガンブレードをスコールは握りなおすと、グリップの引き金に手をかけ飛び上がる。 ガンブレードがイフリートの顔を切りつけると、悲鳴とも叫び声ともいえる声が飛んできた。それに追い討ちをかけるように、キスティスの冷気魔法が炸裂する。 「なるほど、シヴァを従えていることだけはあるな」 と、イフリートは言った。――パッと一瞬、光でまわりが見えなくなると、イフリートの姿がなくなり、代わりに小さな光が現れた。 「よかろう、受け取れ」 光はスコールの頭めがけて飛んできて、消えてなくなった。 「あっけなかったわね」 「なんだ、一体」 「光のこと? スコールを認めてくれたのよ、何か力を感じない?」 「ああ、何か底から湧き上がってくる、これが――」 「そうよ。それがガーディアンフォースとよばれる自律エネルギー体よ。私が魔法を使えるのも全て、それのおかげなの」 「そうか」 「あなた、ケツァクウァトルも従えているでしょ? イフリート相手に武器だけで戦うなんて、無謀。ごめんなさい、実力なんでしょうね。でもこれからは、物理攻撃に頼ってばかりでは難しいと思うわ。状況に応じて使い分けることも必要よ。――それじゃ、急ぎましょう」 「ああ」 時間はまだ余裕があったが、二人は走った。焦らずともいけるが、成績が少しでも上がることを考えての、キスティスの判断だった。 「出口が見えてきたわ、もうすぐよ」 大きく口を開けた出入り口をぬけると、 「ただいま、試験が終了いたしました」 と、試験官が言った。―― 試験官は持っていたファイルに何やら書き始める。 スコールとキスティスはお互い、大きく息をはきだした。四十度を超える暑さの中にいれば、当然のことだろう。 「さあ、シャワーでも浴びに戻りましょう」 と、キスティスは肌にくっついた服をつまんで言った。「なんともなかった風でも、今はすごく気持ちいいわ」 「ああ」 「でも、これが冬じゃなくて良かった。風邪ひいているところだわ」 「そうだな」 「ところで――。さすが、スコールね。ガーデンで一、二位を争うのもまんざら嘘じゃないわ」 「いや」 「謙遜しなくていいのよ。――ところで、試験が終わってホッとしているところ悪いんだけど、これから実地試験があるから、制服に着替えてホールに集まって」 「分かった」 ガーデンの道のりはすぐで、いつも歩きなれている所である。――美しい流線型で、シルバー色のガーデンが見えてくる。 思い出したように、キスティスは 「サイファーのことなんだけど――」 「なんだ?」 「いえ、何でもないわ。――疲れたでしょう、ゆっくり休むといいわ」 と、キスティスは言いかけた言葉を切った。自分一人だけが話している気になったからだ。 キスティスはエレベータに入ると、変わりゆく階数表示を見上げながら、「駄目ね」と独り言を言った。 学生寮の一室、壁に取り付けた縦長の鏡の前に男は立っていた。 制服を着用しているので、ガーデンの学生である。前髪はとさかの様に逆立っていて、顔半分は特殊なペイント(本人は新しい男の化粧と言っている)である。 鏡に向かって髪をすばやく直すと、高ぶった気持ちを落ち着かせるため、お得意のシャドーボクシングを始めた。彼もまた、Seedとなるべく試験を受けている最中である。 動き回ったことで緊張がほぐれた男は、寮を出てホールに向かった。ちょうどキスティスが名前を読んでいる最中で、呼ばれた自分の名前を聞いて――。 男は地面に手をついて、クルッと空中で回転する。 きまった! 本人ご満悦の様子である。だが場は完全にしらけている、ということに全く気づいていない。 キスティスは、何も見てなかったふりで咳払いをすると、 「えー、ゼルとスコールはB班。それで班長は――」 「はい、はい!」 と、特殊なペイントをした男が言った。 「ゼル・ディン、返事は一度でいいわ。それにあなた遅刻よ?」 「あ、すんません」 「まあ、いいわ。次はきちんとしてちょうだい。列に並んで」 ゼルとよばれる男は、周囲のクスクスと笑う声をものともせず列に加わった。同班のスコールを見つけたゼルは、ズボンに手のひらをこすりつけて 「よろしく」 と、差し出して言った。何もしないスコールを見てゼルは、「おい、どうしたんだ?」 「そういうのは、勘弁してくれ」 残念そうにゼルは、宙を漂っていた手を元に戻した。 「サイファー、サイファー!」 と、ふいに大声が聞こえた。キスティスは集まった学生に背を向け、言っていたのだ。 やがて人を見下したような目でゆっくり現れたのがサイファーで、キスティスの隣に並んだ。禁じられている魔法を訓練中に使い、スコールの額に傷をつけた張本人である。長身で、それにまけないぐらい長い、白いマントをなびかせている。 「サイファー。――B班の班長だから。いい、決して面倒は起こさないこと。分かったわね」 「おお、恐い恐い」 と、サイファーはおどけてみせる。鋭い視線でキスティスは 「サイファー・アルマシー?」 「分かったよ」 サイファーは万年候補生といわれているぐらい、試験を何度も受けていた。だからサイファーはキスティスと会えば、大体は決まって今のやり取りとなるのだが、初めて試験を受けるB班にとっては、不安の種でしかない。サイファーの班になったスコールと、ゼルは大変だが、本当に一番大変な人は、それをまとめるキスティスなのかもしれない。 キスティスは、分からないぐらいに小さく息を吐き出して 「次は――」 と、言った。サイファーにばかり、かまってはいられないのだろう。全メンバーの班分けを言い終わるまで、キスティスの声はまだまだ続くのだ。 バラムガーデンから車で少し行った所がバラムで、実地試験を受けるものは港に集まることになっている。閑散としたバラムも今日ばかりは、押し寄せてくるガーデン車両であわただしい。 特殊なカラーリングが施されたクラシック・スタイルの車には窓がなく、美しいバラムの町並みが見えない。 バラムは曲線主体の建物がほとんどで、その建物と舗装された道路は、うっすらとした青色で統一されている。緑豊かということもあって雑誌に掲載されることもあり、休日を利用して多くの人でにぎわいをみせるようになった。近海には、澄んだ水にしか生息しないバラムフィッシュがとれるので、これもまた大きな副産物になっている。 ガーデン車両が、駅前の売店や、青きバラムホテルの前を行き過ぎる。 港に着くと、息苦しかった車両から勢いよく飛び出てきた女の子がいた。もちろん、ガーデンに籍をおくSeed候補生である。外巻きにしたカールがよくお似合いで元気一杯のセルフィである。 「ここが、バラム――か。思った通りきれいな所、ここに住めば良かったなあ」 と、セルフィはバラムを見渡して言った。港からは遠く水平線がのぞめ、真っ青な空に海鳥が飛んでいる。他にはバラムガーデンが所有する高速上陸艇が待機しているのが見える。 高速上陸艇に乗る前にセルフィは、バラムの海を目に焼き付けようとする。エメラルドグリーンの海で、試験が終わったらもう一度来よう、とセルフィは思うのだ。 「でも、今は試験に集中しないとね」 セルフィは、そう自分に強く言い聞かせていた。 風を切って走る高速上陸艇は、高性能ゆえ乗り合わせているものには、ほとんど揺れがないぐらいである。スコールはサイファーと訓練して以来、と言っても昨日あったばかりだが、何となく顔を合わせづらい。イスを向かい合わせにしているので、余計に拍車をかけている。かと言って地面に固定してあるものだから、どうしようもないが。 考えるのはよそう、ということでスコールは肘を太ももにあてて俯いた。すぐ横でゼルは立ち上がって動き回っている。 ぼんやりとだが、スコールは保健室の出来事を思い出していた。 キスティスが保健室へと来る少し前のことだったと思う。何せ夢うつつだったものだから、はっきりとしない。 窓の向こう側から、少女は俺に手を振っていた。絶対に知っているはずなんだが。思い出そうとするとなぜか頭が痛くなってくる。分からないものを思い出そうとしても、仕方ないんだが――。 「一体何を考えているんだ?」 と、静寂を破る低い声でサイファーがスコールに尋ねた。それまで動き回っていたゼルは、サイファーのどすのきいた声にぴたりと止まり、聞き耳を立てているといった様子である。 「別に――保健室に来た女が誰かと」 「ふん。試験の時まで女とはな」 スコールはそれ以上、答えなかった。多少なりともむかっと来るものはあったにせよ、わざわざ腰を上げる程でもなかった。サイファーはその返事が面白くなかった様で、次なる獲物――ゼルへと向けられた。 「さっきからうろちょろと、目障りなんだよ」 「なんだと!」 ゼルは口と手がほぼ同時だった。だが拳は空を切った様に、サイファーの軽快なフットワークでいとも簡単にかわされてしまった。 「こ、こいつ!」 ゼルはもう一度拳を握って襲い掛かろうとした時、 「やめなさい」 と、それまで静観していたキスティスが言った。鋭く射た視線を送ると、二人は荒っぽくイスに座った。 サイファーは最後に、 「チキン野郎と、色気づいた兄ちゃんか――これは面白くなりそうだ」 と腕組みをして言った。ゼルの拳が震えているのが、はなれて座るスコールでも分かる。 「もう着くわ。痴話げんかはそのぐらいにしておいて」 キスティスが険しい表情をして言った。すぐに、「もうすぐ、着く頃だわ。しっかり、捕まって!」 大きく揺れると、やがて静かになり前方の扉が開く。砂浜に足を踏み入れると、上陸艇の無茶な突入によって、砂浜は変形してしまっている。 「さあ、急いで! 作戦通り中央広場へ向かうのよ。――幸運を!」 キスティスはそう言った後、次々に到着する高速上陸艇に向かっていった。 ゼル、サイファーが続いて砂浜に足を踏み入れた。互いに視線をおくると、意味もなく頷く。 「よし!」 と、スコールは自分に言い聞かせる。 激しく砂浜にぶつかる高速上陸艇の音を聞きながら、サイファーを先頭にスコールは走っていった。 ドール市街は、両側にひしめきあった住居が立ち並んでいる。二階建てばかりで背が高いが、空を仰ぐと見える恒星までは隠せない。手を伸ばせば触れることが出来そうである。その恒星の地面に近い円周側は、白く発光して下界を照らす明かりとなっている。 その恒星の下、三人の若者が市街地を走っていた。先頭はサイファーで、スコールとゼルが並んで、追従している。 突如、建物の両側を結んだ橋から二つの影が落ちてきた。ドール中央広場は目と鼻の先だ。 「待ちな! 貴様達にはここで死んでもらうことになっている」 「そういうことだ、悪くおもわんでくれ」 と、二つの影は言った。口元しか見せないヘルメットで、顔の部分に三角形の頂点に赤い点をふくらませているのが特徴である。指先まである甲冑で、上半身を厚い装甲で覆い、股下からは機動力に重点をおいているため、邪魔な装備を排除している。階級のないガルバディア軍の一般的なスタイルである。 ここドール公国は山々で囲まれて攻め難いとされていたが、巨大軍事国家で有名なガルバディアはいとも簡単にドールの市街地へと侵入していた。ドールも軍事力を有しており、山々が今まで敵の侵入を阻止してきた。「攻めてこない、大丈夫だ」という思い込みをドール側はもっていたから、ガルバディアにつけいる隙を与えてしまったわけで、戦闘のスペシャリストSeedを派遣せざるを得ない状況をつくってしまったわけである。 住民は家へ非難し窓やドアを閉め切り、物音一つたてない静けさをつくっている。その状況下、サイファーの笑い声が辺りにこだまする。 「はっは、一体誰に言っているんだ。後ろの二人は別にして、この俺様に言っているなら後悔するぞ」 と、サイファーはガルバディア軍と、後ろの二人を交互に見て言った。勢いよく立ち向かっていくと思われたが、意外なことに急ブレーキをかけてその影の前で立ち止まったのだ。すぐにゼルは 「てめえ!」 と、言って右手に拳をつくって殴りかかる体勢をとっていた。 だが、――スコールはガンブレードを構えて間に入ってきた。ゼルに向けられてものではなくてもさすがにびっくりして拳を下げた。 「今のは俺達を楽しませてくれる余興だったのか?」 皮肉たっぷりにガルバディア兵は言った。「だったら、愉快だ」 「後ろの二人は関係ねえ!」 と、サイファーは言った。 「無理してるんじゃないぞ。仲間われして、お前一人が俺達二人にどうやるってんだ? 確かここにはまだ、ひよっこの候補生しか、いないというじゃないか」 「お前ら、手をだすんじゃねえ!」 サイファーは右手のガンブレードを回転させた後、左手を前方に向けた。熱源が左手に集束し始める。 「雑魚散らし!」 火炎魔法ファイアがサイファーの左手より発射された。火炎魔法の中では低位であるが、サイファーの場合、中位であるファイラの威力ぐらいはある。 一つだった炎は途中分裂して、ガルバディア兵にヒットし、サイファーは間髪いれずふところに飛び込んで切りつけた。 ガルバディア兵は悲鳴を最後にこと切れると、サイファーは 「お前達、行くぞ!」 と、言ってドール中央広場へと歩き始めている。ゼルは 「待てよ、サイファー!」 「やれやれ」 二つの焼死体からこげた匂いが立ち込める中、スコールとゼルは鼻をおさえながら走っていった。 ドール中央は市街地と違って、ガルバディア兵の姿はなかった。市街地は身を隠す場所が多いが、この見晴らしのいい広場ではさすがに人がいれば目立つだろう。 いつも人でにぎわう広場は中心地だけに、人一人いないことは珍しかった。広場の真ん中にはドールのシンボル的な女神の彫像が、海岸の方角を見て佇んでいるが、今日という日を悲しんでいるような表情をうかべている。女神の周りにはいつもなら勢いよく水が吹き上がっているが、今日に限って弱々しかった。 広場は友達や恋人の待ち合わせの場所とされたり、ちょっとしたパフォーマンスに使われる。祭りともなれば広場から市街地へ伸びる通りへと、屋台が並んだりもする。だが、ガルバディアが侵攻してからは、人々の笑い声を全て奪い去ってしまった――。 命令どおり広場の確保が完了したサイファー達は束の間の休憩をとっていた。だが、待つことに慣れていない彼らである。サイファーはガンブレード意味もなく振り回して歩き回ったり、ゼルは足のつま先を上げてパタパタと地面を踏んでいた。 「これが試験なのか? ふん、馬鹿ばかしい」 と、サイファーは言うと、「俺は行くぜ」 突然の出来事でゼルは、追いかける間もなかった。だが、すぐにゼルはスコールに走りよって 「おい! スコール。サイファーの奴、何処か行ってしまったぞ。どうするんだよ!」 「さあな、勝手にやらせとけばいい」 「そうはいかないって。俺だってそうしたいけど、サイファーを追わないと、俺達連帯責任で最悪試験に落っこちてしまうんだよー」 「やれやれ」 「そういうことだ、追おうぜ!」 山頂へと向かっているサイファーの姿が小さくなっていたが、まだ見失ったわけではなかった。だが、白いマントの目立ったいでたちも、切り立った山々へと消えていくと結局は見失ってしまった。 「おい、橋があるぞ。間違いない、サイファーの奴はここを渡っていったはずだ」 と、ゼルはドールと山間部をつなぐ橋を見て言った。「スコール、どうしたんだよ。はやく行こうぜ」 「いや、後ろのほうで声が聞こえた気がしたんだが」 「誰もいないぜ。はやくサイファー見つけて、広場に戻ろうぜ」 「ああ、そうだな」 足場の悪い石畳で出来た地面に、足をとられないように、二人は急いでいった。 ちょうどその頃、一人の少女が広場で佇んでいた。少女は伝令を任されてB班を追いかけてきたのだが、彼らが山頂付近へと勝手に移動してしまっていることを知らない。 「サイファー」 と、少女は言った。それから、中央の女神像を一周して「サイファー! おーい、班長! 何処行ったあ、出てこーい!」 少女のハスキーな声は、むなしく広場に吸い込まれていった。 「でんれーい」 と、何処からか声が聞こえてきた。スコールは声のする方へ振り向くと、少女が勢いよく走ってきた。この光景は前にも、とスコールは思い出していた。それよりもまず、逃げなくては。 スコールは少女の勢いがとまらないのを見て、ぎりぎりまで引きつけて、──よけた! でもすぐ後ろに人の気配があって 「いってー」 「あいたた」 運悪く、後ろにゼルが待機していたのだ。 「なんなんだよ!」 「ごめんなさい、私急いでて」 「お、うちの制服じゃないか。あんたも、試験中か!」 「あんたじゃなくて、セルフィ。セルフィ・ティルメットって名前があるの」 「セルフィか。んで、何の用?」 と、ゼルはセルフィと名のる少女に尋ねた。セルフィは、 「一九時に撤収、海岸に集合せよ、だってさ。──ところでサイファーは」 「そのことなんだけど」 と、ゼルは手短にセルフィに話した。「あまり時間はねえな」 「うん。これで広場を離れたのは分かったわ。でも、もう」 「分かってる。でもどのみち、ここまできたんだから、ぎりぎりまでやってみる」 ゼルは振り返って、山頂の電波塔を見上げる。セルフィもそれに気づいて 「あそこね。サイファーは」 「分からねえ。電波塔がダメなら引き返す」 「オッケー。そういうことで後ろの人も」 と、セルフィはスコールに言った。「あれ? 何処かで会ったよねー」 「スコール知り合いか?」 「いや」 「あ、思い出した! ガーデンの廊下でぶつかったよね。あのときは本当にごめんね。私っていつもあんなだから」 「それより、もう行こうぜ」 と、ゼルが促すと、セルフィは先に立って切り立った崖まで行った。二人もセルフィの横に並んで、崖下を見ると結構な高さである。でも電波塔は直ぐそこで、迂回していく時間もなかった。 小さな足場をセルフィはカンガルーのように飛んでいきそれを見たゼルは 「かー、高いなー。ここを飛び降りろってか。もっとうまいものを食っときゃよかったなあ。スコールもそう思うだろ?」 「さあな」 「サイファーの野郎──」 と、ゼルはブツブツ独り言を言った後、崖下へと消えていった。スコールもそれに続く。 電波塔は十七年前に、電波障害が起こってからは放棄され、建物の色はくすみ、門は茶色く錆付いて目立っていた。 セルフィは全体重をかけて、重そうな門に手をかけ中に入った。扉は閉まってしまうと、何も見えなくなり、互いの位置が分からないぐらいである。 「ゼル、スコール」 と、セルフィは言った後、ゼルは 「なんだ?」 「明かりが見えるー、あそこへ行こう」 「おう」 手探りで前に進むと上へと伸びている柱があった。明かりはその柱の根元からもれているものだった。 明かりを頼りに柱の下まで来ると、扉の上に蛍光灯が不安定に点いては消えを繰り返し、扉横に三角のボタンが浮かび上がっていた。 「エレベーターね」 と、セルフィは言った。「さて、問題です。サイファーは何階へ行ったでしょう」 電波塔はもともと静かであるがさらに静まりかえった。ゼルは 「しらねえよ、全部押しとけよ」 「そんな時間ないよー」 「じゃー、最上階!」 大きな揺れはやがて静かになり最上階へとエレベーターは動きだした。 扉が開くと四角に切り取った真っ白な光景が眼前に広がった。暗闇の中に長時間いたせいで、なれない目で一歩踏み出すにはこわいものである。 扉の閉まる音を背中で感じると、突風が訪れるものを歓迎した。思わず前かがみになるくらいである。 「すっごい、風だったねー」 と、セルフィは目をゴシゴシして言った。「それに、ゴチャゴチャしてるー」 「十七年だもんな。サイファーいないかもな」 「えー! せっかく来たのにー」 「誰もいないとは言ってないって。探せば――」 と、ゼルは言った後、別の話し声を聞いた。ゼルは口元に人差し指を立てると、 「しっ! 今聞こえなかったか?」 「あーん、もうコードがからみつくー」 「おい、大声出すなって。仮にもガルバディア兵がいつ襲ってくるかもしれねえのによ」 「ゴメンー。でも本当に」 セルフィの視線をたどると灰色のケーブルや、四隅をとめているはずのネジがない金属プレートがそこらに横たわっていた。 声の出所を探る為、端に近づくが落下防止のフェンスがなく、最上階から落ちればいい肥やしになるだろう。障害物の隙間から相手の位置を確認する。 「おい、あれってガルバディア兵だよな」 と、ゼルは言った。「ここにはサイファー、いないかもな」 「もう、時間がせまってるー」 「スコール」 「ああ」 三人はその場からはなれようとしたその時、 「こんなところにネズミが三匹、いや一匹は可愛い子ネコちゃんといったところか?」 「ウェッジ! 品のない言葉を使うな」 「イー、エッサ!」 さっきのガルバディア兵が回り込んでいた。一人は一緒にいたらさぞかし調子がくるしそうな奴で、ウェッジというらしい。 「ビッグスの兄貴、どうしやす。剣のさびにしやすか?」 「まあ、待て」 と、ビッグスと呼ばれた男が言った。他のガルバディア兵とは違い、上半身を覆う装甲に装飾がされている。ヘルメット全部にある赤い点は、他のガルバディア兵とは違い、三つではなく四角形を頂点にして施されている。 「それじゃー、どうするんです?」 「一つ聞こう。その制服、ガーデンのものだな。Seedか?」 「そうだ!」 と、ゼルは即答である。セルフィは、 「バカ! そういう時は、ウソをついてもごまかすのよー。馬鹿とはさみは使いようって諺知ってるー?」 「しらねえよ。言ったもんは仕方ねえだろ!」 「気をつけろ、来るぞ」 スコールが間に入って言った。「時間がない。すぐに終わらせるぞ」 「セルフィ、スコールの援護を頼む!」 と、ゼルは言った。 突発的なこともSeedには日常茶飯事で、事戦闘に関しては候補生と言えども、プロの領域である。ビッグス、ウェッジは機械に詳しいだけで戦闘はてんで駄目だった。 「ふう、たいしたことなかったよね」 と、セルフィは、持っていたヌンチャクをぐるぐる回す。「もう、ここには無用よ。行きましょう」 電波塔入り口付近を抜け、ちょうど走り出そうとした時、背後で地面に金属音がぶつかる音を聞いた。 「え? な、何!」 と、セルフィがびっくりするもの無理はない。四本足を上下に不規則にあげる、大型の機械X−ATM092が現れたのだ。 「なんかやばいのが、出てきたな」 言っていることと違って、ゼルは拳を突き出してファイティングポーズである。セルフィは頭を振って、 「ダメ! 撤収が先よ」 「仕方ない、分かった!」 中央広場を抜け、市街地をひたすら走る。そのすぐ後ろにX−ATM092が、民家を壊しながら突進している。海岸への階段を下りると、待機している高速上陸艇の姿が目に入った。誰もが息を切らして、セルフィは 「あと少しよ!」 と、走り来る機械が物を壊す音に負けないぐらい、大声で叫んだ。最後の一隻にキスティスが頭を出し、船体上部に装備された機関砲に手をかけていた。 「はやく乗って!」 キスティスの声がなくなると同時に連続した銃声が響いた。鳴り止むと、さっきまで追いかけていた機械の残骸だけが砂浜に残った。 セルフィは高速上陸艇の鉄の扉に手をかけ中に入っていった。扉が閉まるまでセルフィは、海岸に残る機械の残骸を見ていた。やがてゆっくり、でもすぐにスピードを上げて、上陸艇は逃げるようにバラムの港へと向かった。 高速上陸艇の中は、中央広場の持ち場を勝手に離れてしまったサイファーがイスに座ってふんぞり返っていた。サイファーは目を合わせたくないのか、手をくんで目を閉じている。誰一人声をかけるものはいないし、同じ列のイスへも座ろうとしなかった。 「休みなさい、これからガーデンに着いたら結果が出るから」 と、キスティスは言った。駆動音もほとんど感じない高速上陸艇では、小さい部屋も重なって残響している。 セルフィは幾分、キスティスの気遣いにほっとしていた。戦場に赴くのに男女関係ないと言っても、セルフィも女の子である。初めての試験だったし、戦場へと足を踏み込んだことは少なからずショックを受けていた。自然と目を閉じて、揺れる船体に身をまかせた。背中と顔が船体にくっついて、固くてひんやりとしたものが伝わる。 高速上陸艇は、セルフィを心地よい眠りへと変えていった。 ガーデンのホールに着くと、キスティスは集まった学生に、 「みんな、お疲れ様。初めての試験も、そうでなかった人もよくやったわ。試験の結果は二階廊下で発表します」 各自ばらばらとなって、ホールのエレベータへと人が集まる。セルフィはスコールと、ゼルの姿を追った。二人とも別行動をとろうとしていたらしく、班という名目がなければ集団行動など出来なかった、とセルフィは見て思う。 「男って本当、不器用なんだから」 はたから見ていたセルフィは、独り言にしては少し大きく言った。「スコール、ゼル。さ、一緒に行こ!」 仲介役があって皆、つながっている。損な役だけど、みんなのこと必要としているみたい。セルフィはスコールとゼルの意思など無視して、ぐいぐいと力強く引っ張っていった。 キスティスは試験結果の資料を見て、悪戦苦闘中である。Seedとなるには、筆記試験、炎の洞窟での試験、ドールでの実地試験と、総合して結果を出さなくてはいけない。普段教官として、キスティスは体を使って、もちろんいやらしいことを言っているのではなくて、体力勝負なところが多い仕事だから、資料を見る作業に慣れていないのだ。でも実地試験前までの結果はでているので、ドールでの結果をだして総合するだけなので、時間を要することもない。 ホールで各自解散となってから、少し過ぎた頃、試験の結果が二階廊下で始まった。 「A班――」 順番に呼ばれてセルフィの鼓動が早鐘を打つ。服の上から押さえても聞こえてくるのでは、と思うぐらいである。傍らには、ゼルとスコール。二人、いやここでもスコールだけあまり関心を示さない態度である。 「A班、セルフィ・ティルメット」 「合格? 本当に!」 セルフィは、ゼルとスコールの手をとって振り回す。試験官は、祝いの言葉を言い損なって、やや苦笑いの様子である。 「えー、B班――スコール・レオンハート、ゼル・ディン。合格おめでとう」 ゼルは拳を作ってガッツポーズ、スコールは相も変わらず、喜びの表情一つない。 「よかったねー、ゼル、それからスコール。これからもよろしくねー」 セルフィも一緒になって、二人の合格を喜んだ。ゼルは照れ笑いで、スコールは軽く頷いて応えた。 結果待ちで集まる候補生達から、少し離れた場所で「もしかして」、という気持ちで結果を待つものがいた。――サイファーである。 試験官はファイルを一枚めくり次の班の結果を始めだした。それを確認したサイファーは、誰にも知られることなく静かに離れていった。 「ねえねえ、どんな服着ていく? 私ドレス似合うかなー」 セルフィは配られた資料の見出しだけを見て言った。はれてSeedになれたものは就任パーティーに出席することになっている。 「しっかり見ろよ、新しい制服着用ってあるぜ」 「えー! ダメなんだ。でも新しい服なんて、嬉しいな」 「今からなら時間は――けっこうあるな。俺は一度部屋へ戻るぜ」 「もう、行っちゃうの?」 「新しい部屋に変わるらしいぜ。疲れたし、休ませてくれよ」 ゼルは手を上げると軽やかなステップでエレベーターへと走っていった。他の人達もエレベーターへと流れていく。 「待ってよー!」 閉まりかけていた扉に無理やりセルフィはねじこんだ。沢山の視線を感じたセルフィは小さくなっていたが、思わぬ助け舟――ゼルが話しかけてきた。 「お前、ちょっとは落ちつけよ。なんたって、俺達これからSeedなんだぜ」 拳をつくってゼルの力説である。 エレベーターがつくとホールへと人をはきだしていく。賑やかだった試験発表も終わり、一階ホール前では何もなかったようにいつもの静かな空間である。堀から顔をだした魚の彫刻から水が流れているが、大きな半球体のガーデンでは音は拡散していく。 「そうだったね、私Seedなんだ。まだ実感ないなー」 「それじゃ、パーティーで」 ゼルは学生寮へ向かっていった。 セルフィは堀側の柵に浅くもたれかかって、もらった資料を何枚かめくり始めた。その一枚にセルフィの関心を引くものがあった。――文化祭である。 ちょうど実行委員の欠員がでていたので、セルフィの目が一段と輝きをみせる。セルフィは文化祭を青春という言葉に重ね妄想を膨らませていった。 Seed就任パーティーは軽快なワルツの調べが会場を包み込んでいた。一段高いところでは楽団までひかえている。 横に長いテーブルにバイキング形式で盛りつけされ、チキンやポテトといったぐあいに、食器を手にして人が集まる。 「楽しんでる?」 キスティスは壁を背にしてグラスを傾けているスコールに言った。だがスコールはその返事にはこたえず 「先生、サイファーのことだけど」 「試験のこと? 私も色々やってみたけど」 「ああ」 「サイファーは仕方なかったんだけど、あなた達のことも大変だったわ」 「連帯責任か?」 「彼を引き止められたか、その後の行動はどうだったか、なんてね。でも心配することはなかったわ」 「A班のなんていったか――」 「セルフィ・ティルメット。感謝しなさいよ、彼女がしっかり証言してくれたんだから」 「そうか」 「あら、簡単に言ってくれるわね。大変だったんだから、これまでのサイファーのことをほじくりかえされて。私のことはどうでもいいけど」 「いや」 「暗くならないの! 仮にも今日は盛大なパーティーじゃない」 「そうだな」 「それじゃ、パーティー楽しんで頂戴ね」 と、キスティスは言った後人ごみの中に消えていったが、入れ替わりにゼルとセルフィが現れた。今日は特によく声をかけられるとスコールは思ったが、こういった場所だから、と思い直すことにした。でも――沢山の人が会場を埋め尽くしているので、なれていないスコールは少し疲れていた。特にセルフィが文化祭で実行委員が足らない、ということで誘われたのだが、その強引さといったら自宅に押しかけてくる営業マンよりキツイかもしれない。 手にした皿が空になり、スコールはテーブルに向かおうとした時、少女と目が合った。少女は人差し指を立てて、微笑む。長い黒髪に茶色のメッシュが入り、白いワンピース姿である。大きな音が鳴り見上げると、天窓から大小様々な形と色をした花火を見せていた。 「君が一番かっこいいね」 少女はスコールに近づき、顔を除きこむようにして言った。スコールは自分に話しかけられたことに気づかず辺りを見回して、 「俺に話したのか?」 「うん!」 少女はスコールのグラスや食器をうばって手をとると、男女一組となったダンスのステージに引っ張っていった。手が重なって音楽に合わせてダンスをする。人前で、しかも大勢の前となるとスコールは気が狂いそうになっていた。 スコールは少女の手を振りほどこうとしたが、一瞬先に少女はそのことを察知して、握っていた手に力をこめていた。 「ダメなんだ」 「大丈夫、恐がらないで。私がついてるから」 少女の目はスコールをとらえていた。次の言葉をさがして逃げてしまおうとしたスコールは、急に肩の力がぬける感じを少女に感じた。 曲がエンディングを迎え、ループしてイントロが始まると、それまで緩やかな少女の動きに鋭さが加わった。ステップは軽やかで、曲のテンポが速いこともあって、スコールは合わせるというより、振り回されていた。 曲が終わりに近づきフェードインし始める。少女が足を止めるので終わったのか、とスコールは思ったがどうも違った。少女の視線をたどれば知り合いを見つけた、そんな表情が少女にあった。関心がそれてしまったのか? ――少女の目はシド学園長の辺りを見ている。 「ゴメン、またね」 少女はステージの間をくぐりぬけていき、いなくなった。一人残されたスコールのよこで、曲は盛り上がりをみせていた。 テラスにでたスコールはぼんやり景色を眺める。夜にもなれば風は冷たかったが、スコールの手は少女の体温であったかい。 会場とテラスの間にある扉が開くと、一瞬色々な声や音が混じってテラスに入りこんだ。スコールはそのことに気づかなかったが、背中に視線を感じるとこれには気づいて振り向いた。 「どうしたの?」 暗闇から薄っすらと人の姿が浮かび上がってきた。――キスティスである。 「べつに」 「そんなふうに見えないけど」 「あんたには関係ない」 キスティスはスコールの隣に来ると、遠くを見ながら 「知ってる? 秘密の部屋」 「さあな」 「ウソ」 と、キスティスがスコールの横顔をジッと見て言った。 「分かったよ、学生がたまに利用しているところだろ」 「スコール、着替えて訓練施設まで来て頂戴。命令よ」 「ああ」 キスティスが先に行ってしまったことを確認してから、スコールもそれに続いてパーティー会場を出て行った。 会場を出ると、扉ごしからでも騒がしさが伝わる。だが少しでも離れると、いつもの静かなバラムガーデンと変わりなかった。歩くたびに足音がよく響いている。 スコールはエレベーターを使い、ホールまで来た。就任パーティーに参加しない学生達は、この時間帯学生寮にいるはずである。常時解放してある訓練施設に行くものはいるかもしれないが、夜まで熱心に訓練しているものはいないだろう。施設前の廊下まで来ると、 「はやかったわね」 先に着いていたキスティスが言った。愛用の鞭を手にしている。 「待ち合わせの時間、言ってなかっただろ」 「そうだったかしら、私なら平気よ。何時間でも待ってたわ」 「暇だな」 「聞こえたわよ。――まあ、いいわ。行きましょう」 訓練施設の廊下が途切れるところまで来ると広い場所にでて頑丈な扉にぶつかる。正面のフェンス向こう側には、南国に自生する木々がフェンスにもたれて、どれも人工的につくられたものである。コンクリートの上には何層にもなる砂を敷きつめているわけだが、誰もそこがガーデンの中だと思わないぐらい精巧に出来ている。 扉横にあるパスコードに数字を入力して扉をくぐると、木々の間から小鳥のさえずりや虫の鳴き声で、薄暗い施設は意外に賑やかである。 奥のフェンスが破れた場所から扉までの道は、人が何度も通ったことで踏まれてしまった草が続く。 「ここがそうね」 と、キスティスは部屋に入ると言った。 緩やかな坂が続いていたので高台になるこの部屋は、扇形で端っこには青白い照明が空へ向かって小さく灯る。屋根はないが、代わりに数えきれない星を見ることが出来る。 キスティスはフェンスまで行くと、真っ暗な雑木林に目をやり、 「Seedになれた感想は? やっぱり嬉しかったりする?」 「べつに」 「なりたかったんでしょ? それとも通過点でしかないとか、別の大きな目的とかあってとか、そういうことなの?」 「そんなんじゃない」 「じゃあ、何?」 「――試験なのか? これも命令のうちか?」 「違うわ、個人的に聞いただけよ」 「だったら、用件はなんだ」 「もう行っていいわ」 「命令は?」 「済んだのよ、もう帰りなさい」 一方的な質問にスコールは憤りを感じて、勢いよく出て行った。急ぎ足で廊下手前の扉まで来ると、女の叫び声を聞いた。自動で開く扉のちょっとした遅さでも、スコールはいらだった。 開くなり、ガンブレードを手にしたスコールは飛び出した。三体のモンスターが女を取り囲んでいる。 「おい、こっちだ!」 と、スコールはモンスターの気を引く為に、大袈裟な手振りをした。 巨大化した蜂と、石のような丸いモンスターが襲いかかる! 「多勢に無勢だな」 と、スコールの意識下に話すのは、ガーディアンフォースのイフリートである。非戦闘時は実体はなく、主人の意識に常駐しているのだ。 「俺はそんなやわじゃない」 「キスティスとかいったな、あの女はどうした」 「話しかけるな!」 「私がでてやろう、少しは役に立てる」 スコールの額から小さな光が出ると、眼前で八の字を何度も描いた。モンスターはその間も襲ってくる。石ころモンスターは地面を高速で転がってくるので、スコールはタイミングを決め、かわした後イフリートの出現を待った。 光がスピードを上げると、地面に消え大きな地響きとなって、割れ目から茶色く太い指が出てきた。二匹のモンスターはその割れ目へと引きづりこまれ、代わりにイフリートの全身が現れた。 「ファイア、ファイラ」 火炎魔法の三段活用というべきか、火球がイフリートの手のひらに浮かぶと、意思をもつようにモンスターへと飛んでいった。続いて「ファイガ」 と、火炎の上位魔法をイフリートは、唱え始めた。手のひらで小爆発を繰り返し、発動の出番を待っている。だが標的であるモンスターは、炎に弱くすでに動かない。 「もう、終わったのか」 イフリートは言った後、小さな光となって「また呼んでくれ」 「ああ」 光が消えると、割れ目やモンスターの亡骸も消え、静かになった。 スコールは尻餅をついている少女を起こそうと近づいた。 「立てるか?」 「はい」 「こんな時間に来る場所じゃない」 「ごめんなさい」 少女は言った後、背を向けて走りだした。でもすぐに立ち止まって「入っていく人を見たから」 と、小さく言った。すぐにでも少女は走りだしてしまいそうである。聞き取れなかったスコールは急いで近づき、聞きなおしてから 「知り合いがいたのか?」 と、尋ねた。少女は頭を縦に振ると、走っていき今度は立ち止まることはなかった。 「あら?」 施設から出てきたキスティスである。「まだいたの?」 「いや」 「待っててくれたとか?」 「違う」 「フフッ、照れちゃって」 「違う!」 スコールはガンブレードを鞘に収めると、逃げるように出て行った。話をしたい気分でもなかったことと、キスティスがいて欲しい時にいなかったことに、スコールは苛立っていた。 部屋へ戻る途中にスコールは、ようやく気が落ち着いて施設前の少女を思い出していた。 服の上からでも分かるぐらい華奢で、袖の部分が振袖のように長い。ガーデンでは私服は珍しくなく、留めることはない。だが少女のいでたちは、最近目にした錯覚をスコールは覚えたのだ。 部屋へ着くと、スコールは大きく伸びをして見回した。Seedになったと同時に、別な部屋に移ったので、少し広くなっている。 専用のケースにガンブレードをしまいこむと、ようやくスコールは少女が誰なのか思い出せた。保健室の廊下に立って、こちらを見ていた、ということを――。名前は確か、エルオーネとかいった。 ケースの留め金に手をかけていたスコールは、その手をとめ考えた。なぜ、俺は少女の名前を知っているんだろう、と――。だが、考えても分からなかった。 服も脱がないでベッドに体を投げると、自分が思っている以上の疲れがどっと押し寄せてきた。スコールは誘われる眠気に、身をまかせた。 次の日、ホールでは、シド学園長や、キスティス、Seedとなった学生達で賑わっていた。スコールは目が合ったゼルやセルフィに、軽く頭を下げた。集まった学生にシド学園長は物腰やさしく、 「おはよう、昨日はゆっくり休めましたか? これからSeedとなられた貴方達に初めての任務を言い渡します。キスティス先生――」 「はい。――皆さん、おはよう。早速だけど」 と、キスティスは学生達に何やら資料を手渡した。「各任務は班ごとで行動すること。詳細は資料に目を通せば分かるようになっているから。分からないことがあったら、班に付く先生に聞いて頂戴。では皆さん、初任務。頑張って下さい」 そう言った後キスティスは、スコールの班へと顔を出す。教官もまた、なりたてのSeedを見守る為、同行することになっている。 「先生、これなんですか?」 セルフィは資料を見て、不満をあらわにしている。「ティンバーにてある人と会うこと。何でこれだけなんですか!」 「待って、ティンバーはガルバディアの占領下にあるの。私達はレジスタンスに手を貸す為に、接触しなければいけないの」 「そう――なの? なんだ、早く言ってくれればいいのに」 セルフィは、書いてある資料を最後まで見ないで言う。「でも、ある人って誰なんです?」 「リノア・ハーティリー、女性よ。独立運動を推進するレジスタンス組織、森のフクロウのメンバーって聞いてる」 「ふーん、女の人か。どんな人なんだろ」 セルフィは関心のあるように言っているが、当人全く興味無しなのである。 スコール、ゼル、セルフィ、教官のキスティスは、ホールをぬけ正門まで来た。試験の時よりは見送りに来る人も少なく、正門付近は閑散としている。セルフィは「もっとパッーと華やかに」と思うが、何も遊びに行くのではなかったんだ、と気づいて頭を振った。Seedとなったセルフィも、少しは成長しはじめていたのだ。 「遊びじゃないんだよねー」 と、もう一度セルフィは心の中で言った。転入して間もないバラムガーデンをセルフィは、名残惜しいと思うが任務を言い渡された期待の方が大きかった。 振り返ってバラムガーデンを見やると、Seedになった自信とこれからの任務への期待感が、セルフィをつつみこんでいた。 バラムガーデンから伸びるセルフィの足跡は、これからもずっと刻み続けるだろう。 |